2011年12月31日土曜日

桜つれづれ日記(102:今年もいろいろありました)

12月31日(土曜日)
 平成23年(2011年)も各地でいろいろありましたね!
 日本で、いや世界で最も注目すべきは<東北地方太平洋地震>です。
 マグニチュード9.0、最大深度7、津波高は10メートル以上となって、死者は15,844人(12月30日現在)、行方不明者は3,451人(同)と未曾有の大災害となりました。また原子力発電所の事故も同時に発生しました。このため、未だに避難者・転居者は33万人余りおられ、復旧復興にはまだまだ数年は要するでしょう。
 お見舞い申し上げますとともに、お悔やみ申し上げます。
 一方世界に目を向けますと、気象の変化で各地で多大な災害等も発生しています。大洪水、台風、豪雨、竜巻など・・・。他には内戦や経済危機など・・・。
 小生におきましては些細なことですが、身体の異変があちこちに出始めていますが、まあ何とかその日暮しをしています。これも運命です、仕方ありません。
 そういった日常の出来事から世界の異変まで、これ運を天に任せて来年も乗り切りたいと思いますので、これからも宜しくお願い致します。(桜54)
 追伸)ご愛読ありがとうございました。

健康管理(83:新しい体操)

12月31日(土曜日)
 いよいよ今年も<今日>を残すのみとなりました。
 先日宇和島の軽井沢宅にお伺いした折、当主から新しい<腰痛体操>を教わりました。新しいといっても今までしたことのある動きなのです。
 夜風呂上りにでも、まず布団上で<大の字>になることから始まります。
 呼吸を整え、両足を揃え膝を半折にし、上半身を右に左に動かし、その反動で上半身を下半身とは別(反対)の動きさせるのだそうです。その時頭部は動かさず上を向いたままの方が良いとのことでした。
 すなわち身体を捩る(ネジル)ことで、背骨等の矯正をするのだそうです。そうしますと身体の芯がしっかりしますので自然と腰痛が治るのだそうです。その条件には、毎日50~100回を続けることが良いそうです。
 「知らないうちに治った」というのが、健康を保つ秘訣かもしれませんね!(桜54)

2011年12月30日金曜日

家の管理(92:実の一つだに無きぞ悲しき)

12月30日(金曜日)
 女房殿は家のあちこちで掃除をしていますが、ほとんど片付いた様子はありません。
 さて近くを散歩していますと、川面にはずっしりと赤い実を付けたピラカンサスがありました。
 その頃には小生宅の庭でも、千両や万両またアオキ、南天の赤い実が成るのですが、今年はどうしたはずみかアオキの実が一つも成りません。青いうちに鳥が来て食べたのでしょうか?それとも全く実を付けなかったのでしょうか?不思議です!
 例年小規模ながらあちこちに赤い実が成って冬季には鳥たちが来てついばむ姿が見えるのですが、今年はこの調子では小鳥さえ来そうにもありません。悲しい出来事です。
 冬期は全般に寒々とした景色と化しますので、鳥が来ないというのはなお寒々しそうです。いまさら言っても仕方ありません。諦めます。(桜54)

仕事遍歴(56:休日体制)

12月30日(金曜日)
 行政官庁は、昨日29日から年末年始の休暇に入りました。
 小生が勤めていました気象庁では、<現業勤務>といって土日祭日にかかわらず交代勤務となっていますので、年末年始や盆休みなどの休日は組み入れていなかったのです。しかし事務系の職場ではやはり<年末年始の休日>はあり、現在でも施行されていると思います。
 十数年前、「<3日以上の休日がある場合には、事務系であっても誰かに連絡出来る体制にしておくように>とのお達しが出た」と記憶します。特に年末年始や5月の連休がそれに当るようです。
 小生もそれにならって、(それ以前は長期休暇の折には必ず帰省していましたが)その帰省時期をずらせたり、帰らなかったりしたことがありました。
 昨日から入った年末年始の休暇でも、行政機関では連絡体制が出来ているものと思われます。なるべく連絡体制が行使されない日々にしたいですね。(桜54)

2011年12月29日木曜日

家の管理(91:新作手作り門松)

12月29日(木曜日)
 今年も宇和島の軽井沢からお招きがありましたので、虹色ツーリズムの会長と共にお伺いしました。
 今年も写真のような門松作りです。今年は既に竹を切っていただいていましたので、直ぐ組み合わせの竹と共に松や梅・南天を取りそろえ帰宅しました。
 帰宅後直ぐ玄関脇に備え付けたのですが、今年は今まで備えていた雪に見立てた発泡スチロールの箱ははずし、新たに開閉可能な扉に直か付けしたのです。
 今まで、朝夕母上殿がデーサービスでの出入りで取り外しが面倒だったからです。今回は開閉扉に直か付けしましたので、そういった煩わしさが無くなりました。ちょっと立体的には見劣りしますが、まあ良しとしましょう。
 勿論車用のものも取り付けましたので、見かけましたら見てやってください。
 軽井沢の方大変ありがとうございました。来年も宜しくお願いいたします。(桜54)

家の管理(90:2Fの水道)

12月29日(木曜日)
 昨日の朝の最低気温は-0.5度、今朝は+1.8度となっていました。
 よって昨日の朝は氷()が張り霜が降りていましたが、今朝は氷は無く大霜の朝だけだったのです。
 さて小生宅2Fの部屋は、当初建設した家(鉄筋コンクリート)のベランダに増築したものなのです。よって水道設備は予定しなかったため外回りから敷設しましたが、電気配線は、当初から<可能性がある>として予め配線をしていたのです。
 数年後増築した際、水道は2F洗面所からの外周配管、電気はそのまま接続利用できたのです。
 こういった状況から、昨日の様な冷え込みの時には水道管が凍結し水の出ない時が冬季には度々あるのです。女房殿はその水道栓を何時も利用していますが、小生は別の部屋にある洗面所を使用していますので支障はないのです。
 家を一度に建てていればこのような事はなかったのですが、資金不足でした。(桜54) 

2011年12月28日水曜日

家の管理(89:年末の行事)

12月28日(水曜日)
 今日は仕事納めの日です。と言ってもまだまだ今年やらねばならないことがあります。
  今日は3つほど作業をしました。まず菩提寺へ行って正月用のお花を奉げました。市販のシキミや菊のお花を墓前に奉げ、今年の無事と来年の健康や家庭円満をお願いしました。
 小生宅の菩提寺や女房殿の菩提寺の他にもう1寺行ったのです。
 午後からは写真のような正月用のしめ飾りを買いに行き、小生宅と女房殿の実家(玄関)に飾り付けました。
 宇和島ではこの他<輪締め>という仏様や神様の前、また水回りにお餅と共にお供えする風習があります。これは明日飾り付けする予定です。

 女房殿はこの後餅つき器で餅を作りましたので、明日以降お供え用と食用に分けて保存するつもりです。
 今日までが行政官庁の仕事納めですが、子供の1人はこれと共に今日までの仕事、もう1人は30日まで、義息は31日までの仕事だそうです。あとひと踏ん張りです、頑張ってください(桜54)

日本の苗字(25:コ-ヤ・ラ行)

12月28日(水曜日)
 今日は、昔では<御用納め>、現在では<仕事納め>の日で、公官庁では1年の仕事の切りを付ける日で、明日からお休みに入ります。
 さて上記行の調査ではコ-ヤ行で17姓、及びコ―ラ行で9姓を確認していますが、それぞれ<小>が11姓、<是>に5姓と偏っています。
 使われています他の漢字はそれぞれ、ヤ行で<古2>、<呉1>、<子1>、<児1>、<五1>、それにラ行で<牛1>、<午1>、<惟1>、<鮴1=鮴谷(ゴリヤ)>となっています。
 <小>という漢字は<オ>と読んだり<コ>と読んだりすることがあり、小田(オダ・コダ)や小山田(オヤマダ・コヤマダ)などと同じ漢字を使っても読み方が違います。
 やはり振り仮名が必要ですね!(桜54)

2011年12月27日火曜日

桜つれづれ日記(101:各階まわり)

12月27日(火曜日)
 今日は二人(小生と女房殿)とも午前中から大忙しでした。
 母上殿をデーサービスで出してから、小生は母の薬取りのため病院へ行き詳細を説明して薬を受け取りました。また女房殿は一昨日からの風邪のため病院へ飛んで行きました。
 午後からは、孫の一人と女房殿をまず病院へ定期検査のため連れて行き、残った孫3人を市役所へ連れて行きました。行政では小生の用事があったからです。
 まず母上殿の介護関係で1Fの窓口へ、続いて自治会関係で2Fの事務局へ、さらに桜関係で7Fの窓口へ、また資料展示関係で隣の課の窓口へそれぞれ行ったのですが、1Fの用事は大体判ったのですが、後の2F 、7Fでは資料不足や担当者が居なかったりで次回に持ち越し、また4Fの窓口ではこちらの状況を言っただけで、ほとんど進展はありませんでした。
 孫たちはそれぞれの階へ行っても、それなりに時間を潰していたようです。
 帰りには電気店に寄って少し買い物をしましたが、孫たちの要求を受け入れるため公園に立ち寄り少しだけ外の空気を吸わせました。
 今日の空気も湿度が低くひんやりしていましたが、まあ孫たちは<風の子>ですね!飛んだり跳ねたりして元気ですよ。(桜54)

健康管理(82:寝過ぎた!)

12月27日(火曜日)
 今朝はぐっと冷え込み、床の中から起きる勇気がちょっとだけ失せました。
 と、時計を見ますと何時もより短い針が別の所を指しているのです。1時間違うのです。慌てました。
 昨夜は何時もと違って(約1時間早く)床に就いたので、体内時計が狂ってしまったのかもしれません。退職後徐々に就寝時間が遅くなり、近年は母の介護のため11時を回っての就寝となるのです。
 昨夜は母上殿から「10時頃には寝たい」とのことで、女房殿が早々にその支度をして最後の風呂に入り我々が床に就いたのは何時もより1時間も早かったのです。
 そうした体内リズム感が狂ってしまったのでしょう!
 今朝は小生も女房殿も慌てて飛び起きました。後1時間後には訪問介護の方が来られ、その30分後にはデーサービスで出て行かねばならないからです。
 そういったことで、小生のブログも何時もより30分余り遅く書き始めました。(桜54)

2011年12月26日月曜日

桜つれづれ日記(100:気力なし)

12月26日(月曜日)
 今日は朝から何かをする<気力>がありません。
 寒さの上に風邪がまだ治らず、またブログ閲覧回数も少ないので書く気力も失せたのです。
 今日も冬型の気圧配置となって北西の風が時折強く吹き、気温の上がらない日中となっています。家の周りや倉庫内の掃除を早くしなければならないのですが、こう寒くては動きが鈍いのです。しかし部屋に居てパソコンをさわっていても暖房はしていないのですよ!
 今年もあと1週間を切りました。昨日ようやく年賀葉書を女房共々書き終えましたので、小生宅前にある郵便ポストに投函しました。小生宅前のポストは1日3回の収函があるのです。その昔(小生が高校生の冬休み)には、アルバイトとして郵便局の収函作業をしていたことがありましたネ。
 今日は孫たちが来て遊んでいたのですが、何時の間にか居なくなってしまいました。隣にでも入ったのでしょうか…。(桜54)

2011年12月25日日曜日

宇和島を知る(78:雪煙る町)

12月25日(日曜日)
  今日は冬型の気圧配置が強まって、南国宇和島でも日中雪が舞いました(積もる事はありません)。また日中の最高気温は7.6度と低く、特に午後からは5度前後しかありませんでした。しかも風が強かったため体感温度的にはマイナスの気温の様です。
 写真は鬼ケ城山ですが、雪のため煙って頂上が見えないのです。
 四国や九州では、西部を中心に雪の降ることが度々あります。福岡や長崎、熊本また鹿児島と、四国では愛媛南予、高知県西部など・・・。
 さて今日はその中を散歩に出かけました。寒さのため少しでも身体を動かすよう工夫し、手を振って、指先を延ばしたり縮めたり、また時には大股でと・・・。
 コースとしては、市内河川(神田川・辰野川・須賀川)に沿ってほぼ歩きました。距離にして7km余りでしょうか?身体は暖まりましたよ!(桜54)

防災を考える(55:携帯グッズ)

12月25日(日曜日)
 今日はクリスマスです。宇和島地方は関門から流れ込んで来ます雪雲に覆われ、雪が舞っていますが積もってはいません(但し山は別)。
 この写真は小生が持っています携帯電話のストラップです。
 これらのストラップは<防災グッズ>として役に立つものなので、寝る時以外は肌身離さず身に付けています。
 右端の物は長さ5cmの<懐中電灯>です。右に小さなボタンがありそれを押さえれば点くので、1mくらいの距離であれば何か識別出来るのです。また中央の物は<呼子=笛(3cm)>なので、もし自分の身に危険が迫ったりまた物に挟まれた時には人を呼ぶことが出来るのです。左端の物は安全祈願の<お守り=こけし(3cm)>で、東北鳴子で購入した<ストラップ>なのです。
 こういった小さなものを何時も身に付けていますと<少し安心>があります。
 皆さんもいただいたグッズ等を、利用出来るものは利用しては如何ですか?(桜54)

2011年12月24日土曜日

桜つれづれ日記(99:7という数字)

12月24日(土曜日)
 今日も日中は10度を大きく下回る気温です。また時折小雨が降り北西の風が強く鬼ケ城山は真っ白になっていました。
 さてつい先ほどラジオから流れる話声に耳を傾けました。<7>という字の不思議さです。
 あるイベントでジャムを試食販売する会が模様され、6種類のジャムを試食販売したところ集まった人の30%が購入したそうです。また別の会場では24種類のジャムを試食販売しますと集まった人の3%の人しか購入しなかったとのことです。なお会場に集まった人の割合は6種類の方が30%、24種類の方が70%だったそうです。
 これは人の口(味見)は、7±2種類であれば凡その比較が出来るそうですが、それ以上になると比較が出来なくなり結局購入しないままになった、という人間の(味覚)心理だそうです。
 人間の心理には、<7>という数字には何かにつけ意味があるそうです。
 1週間の曜日然り、ラッキー7、七福神、7人の侍、7並べ、まだまだ・・・(桜54)

ゴミ回収(28:袋破損)

12月24日(土曜日)
 冬型の気圧配置が強まり、南国四国でも山間部を中心に積雪の報告があります。また県境を通る国道では、交通規制の出ている所もあるようです。
 さて小生地区では今朝は<びん・缶>のごみ回収日ですので、何時もなら子供が事前(金曜日の夜)に持って行ってくれるのですが、昨夜は遅く帰ってきましたので今回は小生が今朝持参しました。
 その時自転車に大きな袋にビンを詰め荷台に乗せた後、スタンドを外した途端その袋が衝撃のため破れ数個のビンが地上に落下しました。幸いにもビンは割れなかったのですが袋は40cm余り破れてしまったのです。
 中のビンを半分ほど出しガムテープで補修し再びビンを入れ、回収所へ持参しました。
 5~10分の違いで第1回目の回収は済んでいました。小雨が降っていましたので置かれていた袋の跡が付いていたのです。
 ビンの回収はかなり重くなりますので、何時も2回ほどの回収をしているようです。後続の回収に期待しましょう。(桜54)

2011年12月23日金曜日

補導と指導(66:場所違い)

12月23日(金曜日)
 今日は年末恒例の少年補導の日でしたが、生憎補導委員さんは風邪気味の方が多く居ました。
 小生は何時も自転車で集合場所まで行き歩いて巡回をするのですが、今日に限って集合場所へは歩いて行ったのです。集合時刻になっても未だ誰も来ません。とそこに携帯電話が鳴りました。同僚の委員さんからで「集合場所が違うのではありませんか?」とのこと。やはり違っていました。その場所まで再び歩いて行ったのです。まあ10分ほどの距離でしたので直ぐ合流し地区内の巡回を始めました。
 今日の巡回では風邪のため1人欠席、また他の人も3人が風邪気味なので早々に巡回を切り上げました。
 今日は朝から気温の上がらない日で、午後からの小雨も相交って町行く人はかなり少な目でした。よってスーパーや書店などを主に巡回しました。(桜54)

健康管理(81:ダウン寸前)

12月23日(金曜日)
 今日は天皇誕生日です。また明日はクリスマスイブで<雪>の可能性があるとのことです。
 さて小生、1週間ほど前から風邪気味で薬を飲んだり医者へ行ったりと病気治癒に取り組んでいるのですが、どうも治りきらないまま(昨日から)少し悪化した感じです。
 今朝ほど女房殿が「熱を測ってみる?」と言い測ったところ<37.9度>もあったのです。自分自身としてはそれほど感じていないのですが、外見や声・行動に現れているのでしょうか?
 今日は午後から少年補導に出かけねばなりませんので、何とか行くよう体調を整えなければなりません。今日は5名の委員ですが、そのうち2名は昨日のうちに<都合により休みます>との連絡が入りましたので、是が非でも出て行かねばならないのです。
 現状からすると<ダウン>してもおかしくないのですが・・・ネ。(桜54)

2011年12月22日木曜日

学習してみよう(31:今日から冬季講座)

12月22日(木曜日)
 今日は小学校の2学期終業日でした。
 学校からは早々に帰ってきましたので、昼食(給食)は我が家でした。
 孫4人が早速朝の学習にいそしんでいます。下の3人は大きな机で、また上の1人は(母上殿の)車椅子に足踏み台を乗せ勉強しています。
 これから約2週間、ほぼ毎日朝から我が家にやって来ますので小生たちは家を空けるわけにはいかないのです。
 まあ途中正月三が日は親も休みなので家には来ないと思いますが、それにしても朝から夜まで孫と対面するには気力が必要です。
 このような状態がここ数年続いていますので、慣れていると言えばそれまでですが、年々大きくなる孫たちと行動を共にするのは次第にきつくなり始めました。
 上の子が中学生にでもなればかなり楽になると思われますので、あと数年頑張らねばなりますまい!(桜54)

桜つれづれ日記(98:今日は終業式)

12月22日(木曜日)
 今日は冬至です。小生宅では南瓜を食するよう準備を進めていて、夜にはゆず湯をする予定です。
 さて孫たちは今日が二学期の終業式です。空はどんよりと曇っていて、今にも雪か雨の降りそうな雲行きの中、つい先ほど手提げカバンを持った児童生徒が登校しました。
 これから楽しい冬休みとなるのですが、東北大震災に遭われた児童生徒は冬休みどころではないと思います。厳しい冬を仮設住宅で過ごしたり、またまだ整備完成していない道路や家があるなど環境整備はまだまだです。
 西日本に限らず、今年の冬は電力の厳しい使用制限がありますので、益々心の中も荒んで行くのではないでしょうか?
 小生たちも、「もし西日本でこのような地震津波が起こっていたら・・・・」と考えた時に何が出来るのでしょうか?この終業式を区切りに何か思いつく行動が出来れば良いのですがネ。(桜54)

2011年12月21日水曜日

補導と指導(65:願いを込めて)


12月21日(水曜日)

 今日から年末までの11日間は<交通安全県民運動>の期間です。
 今年は東予や中予を中心に交通死亡事故が多発していますが、南予では他地方に比べ少なくなっています。また宇和島署管内ではまだ2件しか死亡事故は発生していませんが、いずれも高齢者の死亡事故に繋がっているそうです。

 少しでも交通事故をなくし、安全に快適な社会生活が出来るよう願いを込めて本日餅つきを実施し、交通茶屋において配る予定です。

 写真は警察署脇の広場で今朝ほど協会員自らが餅つきを行った時のものです。各支部から数名ずつ参加し、もち米をせいろで蒸し、臼や杵を使っての餅つきでした。

 若手が居ましたので小生は餅つきはせず監視役(?)に回りました。まあ後の後片付けは行いましたがね・・・。

 今年も残り少なくなりましたが、交通事故を起こさないよう、また遭わないようにして下さい。(桜54)

健康管理(80:限度期間)

12月21日(水曜日)
 今年も残すところあと10日となりましたが、皆さん健康に留意されていますか?
 さて小生、つい先日からどうも可風邪をひいたようで薬を飲んでいるのですが、なかなか進展し(快方に向かい)ません。
 ある人の聞きますと、<薬の効能は2年が限度>とのことです。
 そういえば小生の薬箱には古い物がたくさんあります。今までは<何時でも効く>と信じて使っていたのですが、どうもそれでは駄目の様です。
 実際今の風邪に対しては1年以上前のものを飲んでいますので、早速その薬を止め新たに医者へ行って処方をお願いしなければならないでしょう。
 それにしても予防はある程度していたのですが、孫から来たのか風に乗って飛び込んで来たのか定かでありません。
 今日はこれからちょっと出かけてきますが・・・。(桜54)

2011年12月20日火曜日

家の管理(88:サラバじゃ!)

12月20日(火曜日)
 今朝の交安協の街頭立哨指導はかなり寒かったですよ!
 さて昨日、女房殿を連れて買い物に行ったのですが、その折電器屋に寄ってオーブンレンジを購入しました。
 小生宅のオーブンレンジは10年余り前に購入したもので簡単操作で使い勝手が良かったのですが、何せ魚の脂や焦げがかなりあちこちにこびり付いていました。見栄えもさび等もあってとうとう新品に交換せざるを得なくなったのです。
 ようやくその代替え品を購入し台所に設置しました。今回のものも簡単操作で安価なものなので、数年後には再び新品に交換購入するつもりです。
 「安価で使い勝手が良く数年後に買い替える」という手順が出来れば、使う本人も時には新鮮味があって良いと思われます。
 今回も故障はしていませんでしたが、上記の理由で<オサラバ>としました。(桜54)

補導と指導(64:身にしみる)

12月20日(火曜日)
 今日はこの冬一番の冷え込みとなって1.4度を記録し、大霜の朝を迎えました。
 さてその状態の時、1時間の立哨指導に出かけました。防寒着を着、手袋を差し、また衣服を1枚余分に着ての立ち番でした。
 とその中をパトカーや救急車が高らかにサイレンを鳴らして通り過ぎました。事故があった模様です。後で聞きますと高速道路下のバイパスで3台が絡む玉突き事故が発生した模様です(現在のところ詳細不明)。
 今朝の様に冷え込んだりまた年末となっている時には、手足の縮ぢみがあったり気が焦ったりで運転の方にも十分気が回らないのでしょう。年末となっての事故はかなりダメージを受けますので、皆さんも、このような冷え込みの時には<ゆとり>を持つ事が大切です。
 <心のゆとり>があると気が落ち着きますので、事故に繋がらないと思います。(桜54)

2011年12月19日月曜日

日本の苗字(24:数字の苗字)

12月19日(月曜日)
 数字だけで構成された苗字があるのには驚きました。しかも端的に漢数字だけなのです。今まで判明した数は8姓でした。
 1:<>と書いて、<ハジメ>という姓なのです。
 2:<一二三>と書いて、皆さんご存じの<ヒフミ>と読みます。
 3:<二九>と書いて、さてどう読むのでしょうか?<フタク>と読むのだそうです。
 4:<四十九>と書いて、そのまま読むと<シジュウク>、正にその通りです。
 5:<四十万>と書いて、<シジマ>と読みます。
 6:八百>と書いて、これも皆さんご存じの<ヤオ>と読むのです。<八百屋>さんがあるでしょう。
 7:<九十九>はさてどう読むのでしょうか?これも多分皆さんご存じの<ツクモ>と読むのです。
 8:最後に<十一>と書いてさてどう読むのでしょうか?でもそのまま読む姓なのだそうです。すなわち<ジュウイチ>さんです。
 こうやっていろいろ調べてみますと、かなり面白い苗字があるものですね!(桜54)

ゴミ回収(27:住民の声)

12月19日(月曜日)
 今日は小生地区の資源ごみ回収日です。
 数年前から小生地区では、資源ごみ回収日には<立ち番>という制度で盗難を防ぐとかゴミの整理を行っていましたが、今年度の自治会長はそういった流れを断ち切りました。
 今朝も小生が資源ゴミを持参した折、やや乱雑に置かれていましたので積み直しました。その時付近住民の方が見えられ、「旗は立てていないのですか?また今は立ち番が居ないのですね」と言われ説明しました。
 旗を立てるという行為は、「明日は資源ゴミの日ですよ。事前に用意して下さい」と言っているようなものなのです。いくら市からの広報誌が回っているとはいえ、中には詳しく読まない人や自治会に入っていない人もいるからです。また立ち番でも、整頓しておけば<ゴミ>でも見栄えが良くなるのです。
 こういった立ち番の行為が、地域の<防犯>や<交流>に繋がると思います。(桜54)

2011年12月18日日曜日

健康管理(79:ついに風邪引きか?)

12月18日(日曜日)
 つい先日からどうも鼻の辺りがおかしくなっていました。
 咳は出ないのですが、鼻水が一瞬出てくるのです。それも1日1回程度だったのですが、昨日から鼻の奥が痛く鼻詰りをし始めました。
 小生は毎日のうがいや手洗いは欠かしませんが、どうも孫当りから来ているのではないでしょうか?
 ここ数年は風邪も引かず元気に過ごしていたのですが、どうも今回は駄目の様です。
 と言っても年末になりましたので、出来るだけ長引かさないよう努力しなければなりません。
 今週は明日からほぼ毎日予定が入っているのです。特に20日、21日は朝か夕方まで、また23日は日中出て行かねばならないのです。風邪に負けないよう努力します。(桜54)

2011年12月17日土曜日

学習してみよう(30:空気中の水分量)

12月17日(土曜日)
 今日も寒気の中で気温の上がらない一日でした(日中でも10度以下)。
 さて皆さんは空気の中には水分があるのはご存じと思いますが、その水分量を現わしているのが<湿度>と言う言葉です。その水分量、つまり湿度は人間の感覚にはかなり効いているのです。湿度が高いと夏季ならば<蒸し暑い>と感じたり、冬季ならば気温の割りには暖かく感じたり、更に湿度が低いと<爽やか>と感じたりするのです。
 今朝宇和島地方では5度を少々切った気温でしたが、小生宅付近では霜は降りていませんでした。海岸付近にある観測所(宇和島特別地域気象観測所)で測定した値は5度くらいでしたが、小生宅は山沿いなので通常は1~2度違うのです。よってこの気温だと霜が降りても不思議ではないのです。
 しかし今朝の湿度は40%前後とかなり低かった(空気中の水分量が少なかった)ためか、霜は降りていませんでした。つまり空気中の水分が、気温が下がった割には<飽和(又は凝結)>に至らなかったことを示しています。
 そういった気温や湿度の関係が、体感温度や霜などに関係する様です。(桜54)

宇和島を知る(77:伊達家のお墓)

12月17日(土曜日)
 先日、コーディネーターと共に市内の寺町界隈を見て回りました。その折同行された方(I崎氏)から<伊達家>にまつわるお話を聞きました。
 その中で確実に残っている<お墓>について説明を受けました。
 上の写真(縦)は、初代のお殿様秀宗候のお墓です。この両側には、当時共に死を選ばれた4人の家来のお墓もあるそうです(生憎写真には有りません)。また次の写真(横)は奥方のものだそうですが、小生は名前を忘れました。
 そういった歴代のお墓は、竜華山等覚寺(リュウゲサントウカクジ)に埋葬されているそうです。
 一方別のお寺にも足を運びました。等覚寺から車で2~3分の所にある金剛山大隆寺(コンゴウサンダイリュウジ)です(下の写真)。

 このお寺の外観はまるで京都のお寺の様に<威厳>を備えていて、外見を見ているだけでも落ち着きます。
 さてこのお寺にも、伊達家のお墓があります(詳細は不明)。
 当のI崎氏にいろいろと説明していただいたのですが、メモを取らなかったのでブログにも書けません。
 こういった伊達家に関する資料が市内各所に残っていますので、小生たちグループが旅行商品化しようと頑張っています。完成しましたらぜひ関心を持っていただき、宇和島に来て頂きたいと思います。(桜54)

2011年12月16日金曜日

畑の管理(33:第三の太陽)

12月16日(金曜日)
 上の写真は立派に育ったミカンです(名前を忘れましたが、1月頃収穫だそうです)。
 こういった立派なミカンを育てるのは太陽の恵みとも言われています。いわゆる<太陽:第一>、海面の<反射光:第二>、土地からの<熱(光):第三>が重要だとのことです。下の写真は、太陽の光を地面から反射するようにシートを木の下に敷いたものです。
 このように太陽光を地面(シート)から反射させますと、実が下からの光(熱)によって、色付きが良くなったり甘みが増すそうです。

 宇和島地方のミカン園は、ほとんど傾斜地に作られていますのでシートを敷き詰める作業は大変だそうです。
 そういった3つの光(熱)によって、愛媛県南予地方、特に宇和島地方のミカンは甘味が強く美味しいのです。
 こういった蜜柑園のミカンの収穫は種類によって異なりますが、夏季を除いて通年あるそうです。
 そのミカン収穫やミカン絞りなどの体験は各所で実施されています。小生が所属しています<うわじま虹色ツーリズム>の会員も実施していますので、ご連絡ください。
 今日は冬型の気圧配置で寒気が南下していることから、西日本の各地で初雪を観測したそうです。当宇和島地方でも山は真っ白になりました。また日中の最高気温も5度台でかなり寒くなっています。
 明朝は冷え込みが厳しいとの予想なので、お身体にはくれぐれもお気を付け下さい。(桜54)

宇和島を知る(76:蜜柑各種)

12月16日(金曜日)
 昨日、旅関係の下調べて宇和島市吉田町にある<みかん研究所>へ行きました。その折写真のような珍しい蜜柑を見ましたので写真で紹介します。
  上の写真はまるで花の様ですね!やや下向きに垂れ下がった触手の様な果実は<仏手柑(ブッシュカン)>という珍しい蜜柑です(但し食べれません)。
 また下の写真の蜜柑はかなり小さく、1円玉を少々大きくした大きさのもので、まるで金柑(キンカン)の様です。生憎名前を見逃しました。
 研究所内には各種の蜜柑が栽培されています。また年々品種改良されていて、いろいろな蜜柑が作られています。
 数年前、研究所の職員から「新しい蜜柑を作るには数年の歳月がかかります」との話がありましたので、この広い園内の蜜柑は、研究の成果の良し悪しを見るため栽培されていると聞き<長年の努力>を痛感させられました。
 小生たちの旅プランも初年度だけではなく、<年々の努力>が実を結ぶことを感じました。(桜54)

2011年12月15日木曜日

宇和島を知る(75:開始の笛)

12月15日(木曜日)
 昨日宇和島市で、全国のトップとなる<真珠入札会>があったそうです。
 毎年この時期に宇和島市では、真珠生産者が持ち込んだ真珠を加工業者が入札をする会が開催されるのです。残念ながら、今年の価格は昨年を下回ったそうです。しかし、出足の方は上々だとのことで、この後約1ヶ月間を掛け入札会が催されるそうです。
 さて、小生たちのグループも<開始の笛>を吹く時期となりました。
 今日はコーディネーターの方をお招きして、旅プラン(オプション部分)の下見を行います。宇和島市内の主な観光地や体験場を下見し、関係者の意見等を聞く予定にしています。これは、小生がある程度は分かっていても、実際の行程や可否についての判断を求めなければならないからです。また時間的制限がありますので、実際にそれが可能かどうかの判断も試験する予定です。
 来年早々には、これらを加味しての作業が始まります。(桜54)
 

2011年12月14日水曜日

桜つれづれ日記(97:少し年の瀬!)

12月14日(水曜日)
 午後ちょっと近くのスーパーに顔を出しました。女房殿のお使いです。
 スーパーに入りますと耳に聞こえてきたのがクリスマスソングです。また店員は全てサンタクロースの衣装を着て動き回っていました。さらにあちこちには、クリスマスに飾る色とりどりの紙細工が施され、また所によっては正月を思わせるようなものまで出ていました。
 そうした中を、年末に必要な高知特産の<ポン酢>を買ってきました。
 高知県東部で生産されていますこのポン酢は、小生が高知に居た頃からの愛用(飲)でもう15年になるのです。今日のチラシにちょっと安く売り出されていたのです。
 国道を走る車も何か気忙しく、またご近所の方の会話でもちょっとあわただしさを感じました。小生宅でも掃除や衣替えなど着々と進んでいます。
 今年もあと2週間余りとなり、孫の学校(登校日)もあと10日足らずとなりました。でもまだまだ行事はありますね!(桜54)

仕事遍歴(55:無賃旅行)

12月14日(水曜日)
 小生たちの職場は<転勤>が付き物です。
 小生も室戸岬を皮切りに、東京や大阪・京都、また潮岬や高知など各地を転々としました。その転勤に係る費用は全て支給されたのです。だから一種の<無賃旅行>と考えられるのです。しかし数年間はその土地で暮らさねばなりませんでしたので、その勤務地周辺もかなり回りました。よって、地元で味わえないいろいろな事象に遭遇し吸収することが出来ました。長い勤務地で14年、短い所では1年足らずでした。
 一方小生たちの勤務地は全国に有りますので、小生がまだ独り身の時(東京在住時)には東北や北海道を旅行しました。旅行の際にはその場所にある官署にお願いして、<一夜の宿>をお借りしたことがありました。勿論お礼はするのですが、考えようによっては<無賃宿泊>です。また、旅費を少しでも安くするよういろいろ工夫して実施しました。(桜54)

2011年12月13日火曜日

補導と指導(63:逆走)

12月13日(火曜日)
 今朝は少し冷え込みましたが、日中は快晴の状態となり気温が上がりました。
 昼前、近くを散歩した時の出来事です。
 国道沿いにあるスーパーへの車の出入りで何時も混雑する場所で、今日はまた別の事象がありびっくりしました。
 そのスーパーの脇には日中国道からの進入は出来ない(通行禁止時間帯がある)道があるのですが、(国道を挟んだ)小生の目の前で、堂々と左折をしてその道に入った車がありました。対向する車も注意することなく、狭い道をやっと離合して通り抜けました(逆走しました)。
 その細い道は警察署前にあり、入り口には標識が立っているのです。明らかに標識見落し(無視)です。もし警察官にでも出くわせば、即<違反切符>を切られたことでしょう。
 こういった標識の見落し(無視)の事例が多々あり、我々交通安全協会の立哨指導でも<注意>しても知らん顔をしている人が居ます。
 標識も立派な指導員です。標識に従って運転をお願いします。(桜54)

日本の苗字(23:コ-マ行)

12月13日(火曜日)
 今朝は久しぶりに冷え込み(最低気温は4.4度)、霜の朝を迎えました。
 さて上記行の調査では75の姓を確認しています。その中で先頭で最も多く使われている漢字は<小>で29姓ありました。続いて<駒>で14姓、<古>で9姓、<米>で8姓と続き、以下には<込>、<五>、<菰>、<胡>、<護>、<狛>、<薦>、<子>がありました。
 <小>と<古>の漢字は同じように使われていて、<コマツ=小松、古松>、<コミナミ=小南、古南>、<コミヤ=小宮、古宮>、<コムラ=小村、古村>、<コモト=小本、古本>、<コモリ=小森、古森、子守>の苗字がありました。
 さらに<コミヤマ>と発する苗字には、<小宮山>、<小見山>それに<込山>がありました。
 なお難読苗字に、<胡摩ケ野=ゴマガノ>と<護摩堂=ゴマドウ>がありました。また<米=コメ>と言う一字の姓もありました。(桜54)

2011年12月12日月曜日

桜つれづれ日記(96:送りと届け物)

12月12日(月曜日)
 今日も朝からやや忙しくなりましたが、午後から女房殿を連れてちょっとお歳暮等の買い物に行きました。
 毎年大阪や九州に向け<宇和島の美味しいミカン>を送るのですが、今年はちょっと高めのようでした。だから全ての所に送るこが出来ませんでしたので、不足の所(家)には後日送る予定です。
 今日は大阪方面4か所と名古屋に1か所送ったのです。柿を少々入れ後はミカンにしました。大阪の人たちは宇和島出身なので、南予のミカンの味が忘れられないようです。
 今週後半には残りの4~5か所送るつもりです。また寺への届けものや宇和島周辺のお届けものは持参するつもりです。
 今週中には全ての(送り)作業を終えねばなりませんので、小生の計画の合間を縫って実行します。(桜54)

家の管理(87:年末大掃除)

12月12日(月曜日)
 今朝の気温は8度台まで下がりましたが、湿度が低かったためかなり寒く感じました。
 さて先日から女房殿が少しずつ年末の大掃除を始めているのですが、昨日は冷蔵庫や電子レンジ台などを動かして裏側の掃除を始めました。冷蔵庫の動かし方を先日テレビで放映していましたのでその通り実施したそうです。<女性でも簡単に動かせたと>喜んだ反面、冷蔵庫の裏側は数年来のゴミ(埃り)が溜って、掃除のし甲斐があったと言っていました。
 さらに昨日夜は、風呂の後の水で風呂場天井を掃除したそうです。小生は早々に床に就くのですが、いくら待っても部屋に帰ってこないので「どうしたのか?」と迎えに行こうとした時帰ってきたのです。
 これからさらにあちこちを掃除しますが、小生も少しずつ手伝わねばなりません。そのほとんどは外回りの作業となりそうです。腰を痛めないよう頑張りましょう。(桜54)

2011年12月11日日曜日

宇和島を知る(74:天ぷら作り)

12月11日(日曜日)
 今日は冬型の気圧配置で寒気の底に入り、1日中寒い日でした。
 さて今日は朝からやや腰の状態が悪かったのですが、思い切って散歩に出かけました。「今日はやや遠くへ」と目標を立て歩き出した途端、「義息の勤めている店に寄ってみよう」と思い行きますと、年末に向かってあわただしい様子で丁度<天ぷら>を作っている最中でした。

 この宇和島のてんぷらは仙台から伝わったとも言われていますが、今ではすっかり<宇和島の天ぷら>として定着しています。
 その天ぷらは、雑魚(グチ・ヒメチ・ヒーラギ・ゼンゴ等)の頭と鱗・内臓を取り出した残り全て(骨や皮・肉)を用い、すり身にして油で揚げたものなのです。その味は逸品で<一度食べたら忘れられない>とも言われ、酒の肴や煮物等にも。また小生宅ではスシの具や数多くの副食に用いています(出汁が出て美味しいですよ)。
 宇和島市内には20店舗とも30店舗とも言われていますが、まだまだあるかも知れません。
 この老舗の店(〇中)では日に2000~4000枚も作られるそうですが、年の瀬になると数が増え多い時は6000枚を越すそうです。
 地元の人は<毎日食べても飽きない>と言われるほど食通が多く、小生宅の冷蔵庫には何時でも食せるよう備蓄(冷凍保存)しています。
 上の写真は<手押し>と言って、型枠にすり身を入れそれを油の中に入れる作業のもので、下の写真は油の槽から自動的に出てきたてんぷらを冷ましているところです。10枚ずつ(写真下部の様に)交互に並べ店頭販売が出来るようにしてあるのです。
 その昔は小生宅でも(商家を営んでいましたので)販売していました。
 この天ぷらは託送で全国販売されていますのでご利用ください。また仙台や鹿児島・輪島などの天ぷらと食べ比べしてみて下さい。きっと次の予約が必要になりますよ!(桜54)

補導と指導(62:ついに途切れる)

12月11日(日曜日)
 今日で東北大震災発生から丸9カ月となりました。
 さて昨日夕方、宇和島市内で交通事故が発生し1人の方が亡くなりました。
 宇和島市内では<交通死亡事故0の日>が実に445日も続いていたのですが、昨日の事故でついに連続記録が途切れました。
 昨日夕方5時20分頃、市内国道で無職の男性(92)が急に横断を始め、ちょうど通りかかった車にはねられ死亡されたとのことでした。
 薄暮の頃なので車もライトを付けて注意走行し、また歩行者自体も気を付けねばならない時間帯だったのです。
 晩秋からは黒系に包まれた人が多くなり、また年末になりますとそれぞれが忙しくなるなど交通事故の発生が懸念されるからです。
 皆さんも心に余裕を持って、それぞれの行動に気を付けねばなりませんね。(桜54)

2011年12月10日土曜日

家の管理(86:あわただしくなる年末)

12月10日(土曜日)
 そろそろ年賀状を書かねばならない時がやってきました。
 小生は毎年100枚ほど年賀状を書くのですが、その裏書きは近年写真を添付することが多くなって、旅行に行った時のものや家族共々の写真等を選んでいます。。
 今日ようやく裏に載せる(添付する)写真をパソコンに取り込み100枚余りを印刷しました。女房殿のものは写真と住所だけにし、そのほとんどは手書きするそうです。
 表書き(住所等)は全て筆で書きますので時間がかかり、1週間から10日を掛け書かねばなりません。一方で今年も10枚余りの<喪中>の知らせが舞い込んでいますので、年末年始の挨拶は差し控えます。
 そういった年末の行事が少しずつ動き始めましたので、我が家でもいろいろと忙しくなりました。勿論孫たちの預かりは毎年のことで30日まで続きます。門松作りの要請も先日宇和島の軽井沢の方から舞い込みましたので、行く予定にしています。
 年末行事の蜜柑送りも来週には実施しなければなりません。またお歳暮や寺へのお届けものも何時もの如く。といろいろと作業が立て込み始めました。(桜54)

学習してみよう(29:平年値計算)

12月10日(土曜日)
 昨日は宇和島のシンボル<鬼ケ城山>で初冠雪を記録しました。
 冬型の気圧配置が強まって風が強く気温の低い状態となっていますが、このあと晴れて気温がさらに下がりますと霜の降りる可能性もあります。そういった気象の<起日(キジツ)>をまとめ集計して行きますと、<平年日>と言う値が必要となって来るのです。
 <平年日>とは、30年の値をある数値に置き換え計算したものなのです。その<ある数値>とは、1月1日を基準にして12月31日までを<数字>で表すのです。
 1月1日を<1>とし、2月1日は<32>、2月28日は<59>、2月29日と3月1日は<60>、つまり閏年をまとめて計算するためです。以下4月30日は<120>、8月31日は<243>などとして順次数値化するのです。
 よって昨日頂いた資料を基に、1981年から2010年までの30年間の資料(実質は29年しかありませんでした)で<鬼ケ城の冠雪日>を計算しました。これは公式記録ではありません(気象官署が無くなっています)ので、使用には制限があるのです。
 いろいろな記録でも数年間まとめ計算しますと、基準とする<値>が出てくるのです。
 皆さんも試されては如何ですか?(桜54)

2011年12月9日金曜日

仕事遍歴(54:鬼ケ城冠雪)

12月9日(金曜日)
 大陸の高気圧が勢力を増し(1048hPa)、日本のはるか東の低気圧も発達して(976hPa)強い冬型の気圧配置となりました。
 日本付近は縦縞の等圧線が混んで強い寒気が日本付近に押し寄せ、西日本でも山では雪と化しました。このため、当宇和島の鬼ケ城山系でも<冠雪>を記録しました。
 正式な記録ではありませんが紐解いてみますと、近年(2004年以降)では12月に入ってから冠雪を(小生が)初見しています。ちなみに昨年も今年同様の9日に初見しましたし、近年は全て12月に入ってからの冠雪となっています。
 さてこういった状況なので松山地方気象台に聞きますと、(測候所があった時に)最も早く観測した冠雪日は2002年11月4日で、最も遅く観測した年は2000年12月26日となっているそうです。
 なお1971年から2000年までの平年日では<12月1日>となっていますが、近年は地球温暖化の影響で12月に入ってからの観測日が多くなっていることから、平年日も大きく変わっているかも知れません。それにしても寒かったですね!(桜54)

健康管理(78:外の作業はダメ!)

12月9日(金曜日)
 今朝は一段と冬型の気圧配置が強まり、気温や湿度が比較的低く強風が吹いています。これに伴って関門海峡からは、雨(雪)雲が四国西部に流れ込んでいます。
 屋外労働気象条件として、<10m/s以上の強風>又は<1時間1mm以上の雨>の様な時には、<不適>または<困難>とされていますので今日はそれに値するでしょう。
 特に高齢者にとっては冬季の強風・低湿度は、体温が急速に奪われることが多いため特に注意が必要なのです。
 こういった状況なので、小生たちが昨日のうちに外での作業を予定していたのですが、中止せざるを得ないでしょう。
 今日のような時には、暖かい室内で他の作業をすることですね!(桜54)

2011年12月8日木曜日

宇和島を知る(73:こそこそ話を!)

12月8日(木曜日)
 午後から虹色ツーリズムの会長と<こそこそ話>をしました。
 と言っても、単なるこそこそ話ではありません。これから始まるイベントの話を詰めたのです。
 来年3月末には、高速道路が宇和島まで延伸します。その開通後には南予各地で半年間イベントが開催されるのです。我が<うわじま虹色ツーリズム>でも腕によりをかけた<おもてなしの心>でお客様を受け入れようと、イベントを計画しているのです。
 そのイベントの詳細(素案)について、小生が立案したものをまず二人で話し合ったのです。まあまあ進展した話となりましたので、後日役員さんたちに図り進めたいと思います。
 <宇和島を良くしよう>との思いが少しずつ会員や地域住民の方たちに浸透しつつありますので、何としても成功させなければならないのです。
 皆様の力をお借りしてこのイベントを成功させるよう、お互い頑張りましょう!(桜54)

防災を考える(54:そろそろ始動)

12月8日(木曜日)
 今日は、過去にいろいろな事件が勃発した日(太平洋戦争開始や吉良邸討ち入り等)です。
 さて明倫校区自治会では、来年度に向けそろそろ調査を開始しなければならなくなりました。2年前から実施しています<津波高標示板>の設置の件で、先日役員会の折説明を行いました。
 現在、標高表示の値を<4m>としていますが、今年調査を行う場所は海岸と市街の比較的土地の高い町内を対象としますので、<5m>とする旨を説明したのです。
 近い将来起こるであろう南海地震での津波高(計算値)では、宇和島地区で概ね4mとなっていますが、遡上高を考えますと5~6mの表示があってもおかしくないのです。また河口付近や湾奥では4mを超える津波高も考えられますので、次年度の設置基準値を<5m>として設置を考えたのです。
 小生たち自治会が実施した直後から、各方面でこのような<津波高標示板>の設置が実施されており、地域住民の関心度が少しずつ高まっています。(桜54)

2011年12月7日水曜日

補導と指導(61:臨時会議)

12月7日(水曜日)
 午後から交通安全協会宇和島支部の臨時役員会を開催し、小生も出席しました。
 現在交安宇和島支部の社団法人化に向け動いていますが、部内の業務整理関係について参集された理事さんで話し合いました。
 会計処理の問題、事務関係の問題、事業計画の問題、さらには備品処理の問題、通常の啓蒙活動等の問題など多岐に渡ってを協議しました。素案を作って大筋で合意に至りましたので、今後総会に向け詰めの協議に入ります。
 その中で目先の問題も協議しました。緊縮財政の折切れるものは切る方向で話し合いもし、また存続するものは検討を加えて継続するようにしました。
 交通は皆さんの身近にある問題です。小生たち交通安全協会の面々は、<目に見える形の啓蒙活動は今後も続ける>との方針のもと話がまとまりました。(桜54)

桜つれづれ日記(95:師走の計画)

12月7日(水曜日)
 写真は小生の机の前にある<卓上カレンダー>です。
 ご覧のように第1週と第5週は<日付に〇>が付いていませんが、他の週つまり4日以降24日までの週は何らかの行事(事業)の予定が入っているのです。
 特に今週(4~7日)と来週(12~15日)及び再来週(19~23日)はほぼ毎日出て行かねばならないのです。
 そういった師走の事業(計画)に行動出来るよう体力を付けねばなりません。
 毎日の食生活に、無理をしない程度の散歩や体操に、また精神的なストレス発散にと日夜努力しています。
 年々年を重ねるに従って年賀状を出す枚数が減っていますので、皆さんもお元気で新年をお迎えください。(桜54)

2011年12月6日火曜日

健康管理(77:医者へ医者へと)

12月6日(火曜日)
 今日は朝からバタバタしていました。母をデーサービスに送った後、午前中に身内関係の入院手術と自分自身の歯医者への治療が重なったのです。
 前者は女房殿の身内でしたので女房殿が付き添いに行き、後者は小生の歯の治療だったので他の用事を済ませ早々に出向きました。しかし今日の終了とはならなかったのです(次週が最終日)。
 明日も再び朝から別の病院に行かねばならないのですが、治療方法が完全に見つからないのか医師は手こずっているようです。普段の外傷や一般的な痛みならば診察(投薬)である程度治るのですが、親譲りのものは薬や通常の治療では治らないようです。
 と、あるお方から朗報が舞い込んできました。
 腰の痛みには効果的な治療があるそうで、日本でまだ完全に普及していない治療方法だそうです。四国地方では香川・徳島・高知には治療院があるそうなのですが、愛媛には無いのでどうしたものかと思案しています。
 車を飛ばして行くべきか、行かざるべきか。今の治療を続けるべきか・・・。(桜54)

宇和島知る(72:凸凹?!?)

12月6日(火曜日)
 写真は多賀神社と言われる神社なのですが、ここはまた別の面で有名なお寺(??:地元では凸凹寺)なのです。
 和霊神社より少し西寄りの須賀川沿いにあるこの神社には、性文化財を収めた<凸凹神堂>と称する博物館があるのです。そこでは、世界各地から集められた性文化財が数万点展示され、拝観出来るのです。
 多賀神社の由来は、神々を生み出された伊弉諾尊(イザナギノミコト)を主神に11柱を祀り、神功(ジング)皇后摂政18年(269年)の鎮座で、地方最古の社と言われています。
 また古来より、延命栄寿、治病子授け、健康の霊験あらたかな神社とも言われているそうです。
 境内には、韓国新羅や李朝時代(1000~500年前)の石層塔や石人、石灯篭などの韓国石造文化財が点在しています(多賀神社パンフレットより抜粋しました)。
 さてこういった性の文化を展示開示している場所は全国にあるとは思いますが、知る人ぞ知る場所として観光客に人気があるようです。
 興味のある方、また子授け等神頼みをされる方はぜひおいで下さい。
 なおこの神社の宮司には、<凸・・>とか<・・丸>といった名前が付けられていました。(桜54)

2011年12月5日月曜日

宇和島を知る(71:お見事!)

12月5日(月曜日)
  今日日中は上天気となり気温も昨日以上に上がっているようです。
 さて昼食後この上天気の中散歩に出かけました。国道沿いを北に向かい、城山の西側を須賀川まで行き、まず多賀神社(後日掲載します)に向かいました。
 多賀神社境内を撮影した後和霊神社に向かいました。遠目から赤や黄色の木々が見えましたので、カメラに収めました。
 写真の銀杏の木は、太鼓橋を渡り山門を入った所にある大きなもので、高さは15m前後あるのではないでしょうか。とてもきれいな銀杏の葉を見せていましたのでカメラに収めました。またカメラマン数人もいました。
 銀杏の落ち葉を掃き清めておられました方は、「色はきれいなのだが掃くのが大変だ」と言われていました。特に雨上がりの時は土地にくっついて掃けないそうです。小生の側に来た人は、太陽の光を見て「夕方また写真を撮りに来ます」と言って別れました。
 さて神社境内に<御籠り堂>があり20~30年ぶりに上がってみました。
 その場所からは下の写真のように、鬼が城山系や(写真には有りませんが)城山が目の前に<デ~ン>と見えました。
 写真中央の山が<毛山>、右のやや色薄い山が<鬼が城>手前の木々は和霊公園です。その手前に須賀川が流れ、その川に太鼓橋が掛っているのです。
 今日はこの付近まで歩きましたので往復約6km、歩数にして約10,000歩ありました。上天気でスガスガしく気持ちの良い散歩日和でした。(桜54)

補導と指導(60:秋季総会)

12月5日(月曜日)
 昨日交安協明倫支部秋季総会を実施しました。
 生憎理事さんが他の会議と重なったり体調不良で欠席された方がありましたが、無事終了しました。
 平成23年度前期を振り返っての意見交換と、後期事業と次年度に向けての協議も行いました。
 話の内容は、校区内で悪さをした連中が補導された関係で悪戯が無くなったこと、交通標識の変更、交通安全旗の移設、交通安全協会の法人化問題、仲間(理事)の高齢化問題、優良運転者等の推薦問題など多岐に渡ってのものでした。
 数年前までの会議とは違って、それぞれの考えを述べあうような会議としましたので、皆伸び伸びとした言動行動が出来ているようです。
 自動車の運転も余裕を持って行動(安全運転)してほしいですね。(桜54)

2011年12月4日日曜日

家の管理(85:そろそろ)

12月4日(日曜日)
 宇和島の軽井沢の方からメールが届きました。
 今年も25日過ぎには門松作りにお伺いせねばなりません。しかしその前にやらねばならないことがあるのです。
 梅の枝を切って水に漬け家の中で門松が出来るまで花芽を育てるのです。昨年は生憎間に合いませんでしたので、今年は指図通り今朝梅の枝を切って瓶に差し室内に置きました。温度を余り下げないようにしながら花芽を育てるのです。
 もう数年この斬新な門松を作っていますので作り方は概ね判るのですが、小生宅は材料が揃わないのです。
 一昨年友人の竹やぶに行って門松用の竹を作ってみたのですが、どうもうまく行きませんでした。よってその後も軽井沢の方のご厚意におすがりしているのです。
 今年も宜しくお願い致します。(桜54)

仕事遍歴(53:狭い部屋)

12月4日(日曜日)
 今から丁度45年前、室戸岬から東京気象庁に転勤し大田区に住まいを構えました。
 住まいを構えたのは大げさですが、羽田近くの気象庁寮に入ったのです。
 当時は、僻地官署か中央官署でしか宿舎はほとんどありませんでした。しかも小生が入寮した宿舎はモルタル塗りの古い宿舎だったのです。
 その寮は全て2人部屋(6畳)、時には3人部屋(8畳)もあったのです。小生も長野県と栃木県から転勤してきた仲間と共に8畳部屋に入寮しました。当時は住宅事情が悪いということもあって「それが当たり前」と考えられていました。
 一部屋に2~3人で生活するということは<プライバシーがない>という感じですが、小生たちはそれほど違和感がなく生活していました。
 特に小生の部屋ではそれぞれが交代勤務でしたので、必ず<一週間のうち3日は二人>という状況でした。しかも自分自身が3日に1回の夜勤でしたので、それほど違和感を感じなかったのです。
 <狭いながらも楽しい我が家>という感じで、数年間狭い寮で生活しましたが数年後、結婚のため世田谷区に生活の場を移しました。しかしこの新婚生活でも、6畳一間の生活が1年半も続いたのです。懐かしい思い出です。(桜54)

2011年12月3日土曜日

防災を考える(53:冬型強まる)

12月3日(土曜日)
 今朝09時の天気図を見ますと、中国東北区上空にはこの冬一番の寒気(-40度)があって南東進しています。また地上天気図では、日本海南部と関東付近に発達中の低気圧があって東進しています。一方中国大陸奥地には強い勢力の高気圧があって、西高東低の<冬型の気圧配置>が強まっています。
 このため日本付近は冬型の気圧配置がさらに強まり、広範囲で強風や真冬の天候となってきています。宇和島地方でも、午後から12~13m/sの強風が吹き始めました。
 この状況を感覚指数で計算しますと、強風と湿度低下で体感的には午前中より2度ほど低くなっているようです。
 このように急激な気象変化の時には、体調管理や交通走行にも注意を払わなければなりませんので、十分ご注意ください。(桜54)

健康管理(76:おやじを超えたが・・・)

12月3日(土曜日)
 あと二日で母上殿の誕生日です。満88歳となり祖母の年を上回ります。
 小生も父上殿の年を超えたのですが、父上殿から頂いた病で日夜悩んでいます。
 小生の父上殿は昭和58年1月2日満64歳の若さでこの世を去ったのですが、戦争によって身体に病を持ち込み40歳代から心臓や腰に異常をきたしていました。
 心臓の病は戦時中に患った肺臓から来たものですが、腰の異常は先祖代々引き継がれた病なのです。小生もまた子供たちもそれを引き継いでいるのです。
 しかし現代では、病院の治療や補完する器具など揃っていますので、父上殿の時代と違って腰痛の治療や痛みの軽減などをする機会が多くあります。
 そういった健康管理によって小生の腰の悪化を防ぎ、日夜の努力、また食生活の改善で<おやじを超えた>と言い切れるのかもしれません。
 まだ続く腰痛と共に、日本最高齢を目指して頑張りましょう!(桜54)

2011年12月2日金曜日

宇和島を知る(70:紅葉ちらほら)

12月2日(金曜日)
 今日は朝からちょっと腰が痛くじっとしていたのですが、昼食後少し回復しましたので散歩に出かけました。
 生憎天気は曇り空で、写真のように今にも降り出しそうな雲行きだったのです。そのため、傘を持参しての散歩の方もおられました。
 さて今日のコースは、自宅から国道を南に向かい、保手川(来村川)沿いを北に向かい、高速道路下をきさいや広場まで。また城山をぐるっと回って帰宅しましたので、その距離は約6kmでした(約8,500歩)。
 写真のように遠目では、(写真中央よりやや左の)城山に色が付き始めました。城山の木々はほとんど落葉系は少なく紅葉は余り目立たないのですが、それでも所々で赤や黄色の色が見えました。また手前の川原では葦が枯れかかっていました。さらに雲の合間から見える鬼が城山系の一部でも、紅葉がチラホラと進行しているようです。
 今日日中の最高気温は13度でしたが、一生懸命散歩をしましたので身体はポカポカとなりました。(桜54)

防災を考える(52:火山爆発)

12月2日(金曜日)
 四国には気象庁で指定された<火山>はありません。しかし九州には阿蘇山や桜島・霧島などの火山があります。
 そういった火山は日々噴煙を上げ、観光客や地元の人たちに人気がありますが、時には地球の怒りが<爆発>します。
 昨日朝7時前、突然何処からともなく「ド~ン」という響く音。日頃聞いたことなの無いような音でした。後刻インターネットで調べてみますと、「桜島の爆発」と出ていました。気象庁のデータを調べてみますと、0652頃桜島が爆発し有色噴煙は2200mに達したそうです。宇和島で音が聞こえたのは<空振>という現象で、はるか遠くで爆発などの現象が起きた時、空気の振動が遠くまで伝わり何かの折音に変化して人間の耳に聞こえるようです。
 小生が宇和島測候所に勤めていた時、突然「ドン」という音と共にガラス戸がビリビリ震えたことがありました。その時も桜島の噴火現象でした。
 なお昨日の噴火は、今年872回目だったそうです。(桜54)

2011年12月1日木曜日

補導と指導(59:誓いを新たに)


12月1日(木曜日)

 いよいよ今日から師走となり、年末のあわただしい時期となりました。

 さて昨日、宇和島警察署前には写真のような門松がお目見えしました。交通安全協会等の面々が協力して新たな誓いのもと<門松>を作り上げたのです。

 今年県内では、すでに80名を上回る尊い命が奪われました。特に東予中予を中心に死亡事故が多発したのです。昨年宇和島署管内でも年明け早々に事故が発生しましたが、昨年9月20日以降宇和島市では、1年以上一件の死亡事故も発生していないのです(436日<0>の日が続いています)。

 そういった継続願いと共に、来年も交通事故の減少等を願っての門松作りでした。

 明倫支部からも数名の協力者を出し昨日のうちに作り上げたのです。立派なものでしょう!(桜54)

自治会(12:頑固!)

12月1日(木曜日)
 いよいよ今日から<師走>ですが、暖かい朝を迎えました。
 さて昨夜、明倫校区連合自治会の理事会があり、小生も顧問として出席しました。
 その折、今年度実施予定の防災関連の事業について説明しましたが、考え方の頑固さには辟易(ヘキエキ)しました。
 行政では11月予定の避難訓練を3月に延期しましたが、明倫校区自治会でも防災訓練をしようと提案したのですが、数名の理事が<ガン>として受け付けないのです。連合自治会長もその理事に押され、結局ご破算となりました。
 その訓練とは<参集訓練>なのですが、最初なので大々的なものではなく、自宅出発から現地到着までの所要時間と参集方法(徒歩・自転車等)の報告だけなのです。そういったデータを地図に落として概略をつかみたかったのです。
 予算的にはほとんど不要、参集される負担もほとんど無い、集計も比較的簡単、<訓練>という名目がある、自分の心に変化を求めるなど、いろいろの利点を加味しての提案だったのですが、古い頭の持ち主には<ガン>として受け付けていただけなかったのです。さて今後どうしましょうか?(桜54)

2011年11月30日水曜日

桜つれづれ日記(94:何も出来なかった)

11月30日(水曜日)
 今日は孫の8歳の誕生日ですが、小生は生憎これから会議のため出かけなければなりませんので<誕生会>は不参加です。
 さて昨日高速道開通後のイベント申請がやっと終わったので、今日はそれに係る資料の作成にぼつぼつ取り掛かっていますが、頭の中に描いたものがどうしても実現に向けて進展しないのです。
 関係する所を地図に落すのですが、家で縮図を作ることが出来ませんので試作品だけ作りました。また手書きのものも作りましたので、後日役員間で詰めの話をする予定です。
 女房殿は女房殿で午後から、親戚内の入院に係る件で出向きましたので、孫の相手や母上殿の介護は小生がしなければならなかったのです。しかも後1時間後には会議のため家を空ける予定ですので何もする時間がありません。
 そういったことで、頭の中で考えた割には何も出来ませんでした。(桜54)

健康管理(75:予防策)

11月30日(水曜日)
 今日は孫の一人の誕生日です。満8歳になりました。
 さて小生の健康管理の一つに<予防>がありますが、その点は以前に書いたと思います。
 でもその予防策を続けることによって<健康管理>が出来ていると思われるのです。
 小生はここ3年ほどほとんど風邪らしきものに罹っていません。毎朝のうがい手洗いなど励行しているのが良いのかもしれません。小生は腰痛持ちなので、風邪などひいて咳をしたりくしゃみをすると、てき面腰の痛みに出てくるのです。
 そういったことで毎朝の励行行事と運動を心がけています。
 その運動とは歩くことです。歩くことが良いとされていますので、腰の状態がマアマアの時には周辺を5,000~8,000歩ほど歩くのです。
 他方、食生活規則正しい生活をすることによっても<予防>になりますので、1日のサイクルはあまり変化の無いような日々を送っています。(桜54)

2011年11月29日火曜日

宇和島を知る(69:駅構内)

11月29日(火曜日)
 2枚の写真は県地方局5Fから写したものです。
 上の写真は駅構内東にある転車台と扇型車庫が写っています(屋根だけしか分りません)。また中央の建物は駅職員の宿泊施設と事務所があるようです。
 下の写真中央から上部に向かう線路が写っていますが、この線路は松山(高松)方面に向かう予讃本線と、高知に向かう予土線が走っているのです。また中央の円柱の建物は給水タンクで、その昔走っていた蒸気機関車に給水をする施設なの
です。
 こういった現存する構内の施設は今ではほとんど見ることもなく、保存の動きもあるようですが・・・。

 さて今日はこの地方局に用事があって来たのです。

 来年3月末には高速道路が宇和島まで延伸しますので、それに係るイベント等の開催申請に向けての書類提出だったのです。

 1~2カ月ほど前から会合や準備をしていましたが、ようやく先日その書類が整いましたので会長代行で提出しました。まだまだ不備な点があるかと思いますが、細部については検討を重ねより良い方向に持って行きたいと思います。(桜54)

桜開花観測(62:只今休眠中!)

11月29日(火曜日)
  昨日女房殿を連れて墓参りや三間町まで行きましたが、その途中で丸山公園に上がって桜標本木の観察をしてきました。
 ご覧のようにつぼみは固く閉じられ<只今休眠中>でした(写真アングルが悪いのか、他のものが写っています)。
 例年夏季の気温経過や雨の降り方などから翌年の桜開花の時期を概ね推定するのですが、今年は気温や雨の状況から翌年の開花推定日が頭の中に浮かんで来ないのです。
 昨年、一昨年は比較的頭の中に状況が浮かびひらめきましたので、翌年の開花の状況を推定することが出来たのですが、今年の頭の回転はかなり鈍いですね!

 頭の回転には潤滑油が必要です。しばらくお待ちください。
 さて桜標本木周辺を見ますと写真の様なモミジの木を見つけました。木の先端部が赤く色付きとてもきれいでしたが、生憎数本の木しかありませんでしたので遠目からではきれいさが伝わりませんでした。
 どちらにしてもここ数日の気温低下で、桜標本木の芽は休眠状態、付近の木々は紅葉のシーズンに入りました。(桜54)

2011年11月28日月曜日

宇和島を知る(68:成川渓谷)

11月28日(月曜日)
  宇和島市の周辺には3つの渓谷があり、それぞれ違った面を見せています。
 最も名が出ている渓谷は<滑床渓谷>で、西日本では渓谷美ときれいな滝(雪輪の滝=滝百選))また秋の紅葉などでも有名ですが、他の二つの渓谷はスケールも小さく県内でしか通用しません。
 しかし三つの渓谷に流れ込む川はいずれも鬼が城山系から源を発し、滑床渓谷とこの成川渓谷の川は高知県(四万十川)に注いでいます。もう一つの薬師谷渓谷の川は宇和海に注いでいます。
 さて今日女房殿とドライブをした成川渓谷は今が紅葉の始まりの様で、あちこちに色付いたモミジや銀杏の木が見えました。また渓谷を流れる川には落ち葉が舞い散り、川面を流れたりまた岸辺に固まったりといろいろな面を見せていました。 
 さらに成川渓谷には温泉が湧き出ていますので、これを目当てに来られる方の車が10数台停まっていました。
 小生が下の写真を撮った場所からは林道が鬼が城山系に通じていますので、先に書いた滑床渓谷や薬師谷渓谷に縦走が出来るのです。
 今では全国から、鬼が城山系の山岳縦走に来る人たちがかなり居るそうです。(桜54)

健康管理(74:歯痛)

11月28日(月曜日)
 今朝の冷え込みはなく暖かい朝を迎えました。
 さて昨夕、夕食後何時ものように歯間ブラシ(といっても爪楊枝)を用い、歯の間の異物を取り除いた際痛みを訴えました。ある所に触ると鋭い痛みが出たのです。
 早速娘(歯科衛生士)に連絡を入れますと<虫歯>ではないかとのこと。近いうちに歯医者に行くことになるでしょう。
 小生はあまり歯医者に行くことはなく安心していたのですが、身体の異変に繋がっているのかもしれません。
 小生は結婚してから女房殿が毎日小魚の骨を砕いたものをあらゆる食材に入れたり、また自分自身でもカルシュームの補充には努力していたのですが、どうも歯間の異物除去に関しては十分ではなかったのでしょう。知らず知らずのうちに歯に影響が出ていたようです。痛みが表面化しないうちに行くつもりです。(桜54)

2011年11月27日日曜日

宇和島を知る(67:焦る)

11月27日(日曜日)
 今月末が締切りです!
 ということで申請書を書いているのですが、なかなか纏まりません。他の人が見れば「な~んだ!」と思われるのですが、小生にとっては苦手な点があるのです。
 小生は自然相手の職業についていましたので、対人関係を要する書類作成などは一瞬尻込みをするのです。
 今回の場合はアドバイザーや仲間がいますので何とかなると思っているのですが、それでも小生が素案を含めて書類を書き上げなければならないのです。
 今日は仲間のトップ(会長)と細部について検討する予定を組んでいますので、申請書を最終的に作り上げなければならないのです。
 そういった作業を今日明日中に終了し、火曜日には手続き完了に持って行かねばならないのです。焦ります!時間を下さい!時間よ止まれ!(桜54)

2011年11月26日土曜日

桜開花観測(61:違った話)

11月26日(土曜日)
 今朝は良く冷え霜が降りていました(今年2回目)。
 さて昨夜女房殿の母上からの電話で、「テレビが見えなくなった」との内容だったのです。
 今朝ほど自宅に行ってみますと、通常通り見えるではありませんか。昨夜の段階では、手先でいろいろと触っているうち誤ってあらぬボタンを押したのでしょう。今朝も再び触っているうち自然と直ったのかもしれません。老人はボタン操作でもしどろもどろになりますので、痛し痒しです。
 さて(女房の)母上の自宅から帰る途中で、写真の様な花を見付けました。一瞬「何?」と思ったのですが、良く見ますと茶の花ではありませんか。今までそれほど気に留めていませんでしたが、今頃咲くのですか?秋季から冬季にかけ咲くとは思いませんでした。
 桜の花芽は来月早々見に行く予定です。(桜54)

家の管理(84:冬支度)

11月26日(土曜日)
 今朝の最低気温は3.5度とこの秋最低を記録し、霜の朝を迎えましたました。
 さてこういった気温の低下と共に、我が家でも徐々に冬支度を始めました。
 先日は女房殿が衣類の入れ替えを行いましたが、一昨日からは母上殿の部屋に朝夕エアコンを入れるようになったのです。今朝はまたかなり冷え込みましたので朝からエアコンを入れました。小生も一昨日から靴下を履くようになりました。外出する時は別として、通常家に居る時はほとんど履かなかったのです。
 そういった身の回りの変化と共に、家の外回りの状況も徐々に変化し始めたのです。植木の剪定はほぼ終わりましたが、車のシートを交換したり、バイクに乗る時の手袋やマフラーを用意したりしました。
 さて今年の冬はどのようになるのでしょうか?震災に遭われた東北各地の皆様は、厳しい冬が来ますのでくれぐれもお身体には気を付けて下さい。(桜54)

2011年11月25日金曜日

桜つれづれ日記(93:雑用的に)

11月25日(金曜日)
 今日は細々とした(短時間の)用事があり、気忙しく動き回りました。
 日中は昨日とほぼ同じ気温や湿度で経過しましたが、ちょっとした来客があったり、野菜を持って来てもらったり、またメールが入ったり、さらには行政への連絡があったり、はたまた義母への用事で出て行ったりと動き回りましたので、気温や湿度の割りにはそれほど寒くは感じませんでした。さらに、孫の注文の玩具を作ったり裏庭の管理をしたりと、小まめに動いたのです。
 小生はペットボトルのキャップやプルタブを集めて奉仕団体へ持って行くのですが、今日はキャップを団体に持参したりまたプルタブをまとめる作業もしたのです。そういった作業を日々行なっていますと、知らず知らずのうちに時間が経ったりまた作業も少しずつ進んで行くのです。
 人間はあせらずゆっくりと、また地道に活動をすると得をすることがあります。
 階段は一歩づつ上がるべきですね!(桜54)

日本の苗字(22:コ-ハ行)

11月25日(金曜日)
 強い冬型の気圧配置となって西日本では冷え込んでいます。また宇和島でも、先日ほどではありませんが今朝の最低気温は5.3度を記録しました。
 さて上記行の調査では33の苗字を確認していますが、先頭に来る漢字の種類は4個と少なく、しかもそのほとんどが<小>という漢字となっています(26姓)。以下には<木>が4姓、<古>が2姓、<午>が1姓でした。
 <コバ>と発する苗字には、<古葉>、<古場>、<小庭>、<木場>、<木庭>の5姓を確認しています。また<コハタ>又は<コバタ>と発する苗字には、<木幡(コハタ)>、<小畠(コハタ)>と、<小畠(コバタ)>、<小畑(コバタ)>、<小幡(コバタ)>という姓がありました。
 さて次の苗字はどのように読むのでしょうか?<小保根>、<午房>、<木挽>はそれぞれ、<コボネ>、<ゴボウ>、<コビキ>と読むそうです。(桜54)

2011年11月24日木曜日

健康管理(73:冬近し!)

11月24日(木曜日)
 昨日深い気圧の谷が通過し、今朝から冬型の気圧配置となって北日本を中心に大荒れの天気となって雪が降っているそうです。当宇和島でも北西風が強く、日中の気温は13度ほどしか上がっていません。また湿度も低く(40%)、風も10メートル余りでした。
 よって、感覚的指数を調べてみますと<8.3>とかなり寒く感じる指数となっていました。
 さて今朝起きた時には腰が痛かったので痛み止めの薬を飲みますと、午後にはやや和らぎましたので散歩に出かけました。
 国道を(松山方面へ)北上し、城山西側を市役所まで。帰りは城山の東側を通って帰宅しましたが、わずか7,000歩くらいしかありませんでした。風も前から来たり横から吹いたりと、帽子をかぶっていても飛ばされるような状況でしたので体力的に余分な力がかかりましたが、体温が上昇し帰宅時は心地良い気分となりました。
 冬場の散歩は、<初めきつく終わり良し>といった感じです。(桜54)

仕事遍歴(52:雪の予報)

11月24日(木曜日)
 今朝は強い冬型の気圧配置となって、日本海側を中心に風の警報や注意報が出ています。また北日本を中心に雪の予報が多くなってきました。
 さて予報官の時代に<雪の予報文>を付け加えるのにかなり思案しました。当時は今のような電子計算機の導入がありませんでしたので、上空の天気図(500hPa、700hPa、850hPa)や地上天気図等と共に実況の風などを考慮し、県内の予報区(東予・中予・南予)毎に雨や雪の表現を盛り込んだのです。
 上層の強い寒気(500hPaで-30℃以下)の位置や、下層(85hPa)の0℃線の位置(入り具合=形)、また地上付近の風向によって、南予で降る場合と東中予で降る場合とが違うのです。
 そういった資料によって予報官が判断しますので、<雪>の予報文を付けるのがかなり慎重になりました。
 特に四国では、一番最初に<雪の予報>を付ける決断力が必要だったのです。(桜54)

2011年11月23日水曜日

宇和島を知る(66:金勢神社例祭)

11月23日(水曜日)
 今日は我が町内にある金勢神社の例祭の日です。
 毎年11月23日午後、三島神社神主をお迎えして神事が執り行われたのですが、今年は生憎小雨が降っての神事となりました。

 この写真は神事前のものなの皆さん雑談の最中でした。
 さてこの神社はその昔(江戸期)に、付近が火災で焼失した際、旧来村と宇和島(旧八幡村)との境に火災を鎮めるために建てられた祠だそうです。
 小生が知っている限りでは、戦時中の爆撃によって近くの町内までは火災に遭ったとのことですが、山際地区では火災に遭わなかったそうです。小生が高校生の頃には放火事件によってゴミ箱の焼失がありましたが、家屋の被害はありませんでした。
 しかし20~30年前には、製材所と一般民家の2件の火災があった他(生憎小生は転勤で不在でした)は、60~70年間(戦後)この2件の火災の他は記録にないそうです(1件はゴミ箱のみ)。
 そういった火災防止の神様の他に、男性隆盛の神様でもあるそうです。小生も一度だけ(石に刻まれた)その姿を拝んだことがありました。
 小さな祠ですが、地元の住民は大切にお祀りしています。
 写真は三島神社宮司と町内関係者(氏子総代等)です。(桜54)

仕事遍歴(51:雨の予測)

11月23日(水曜日)
 今日は勤労感謝の日で小生地区氏神様(金勢神社)の例祭の日ですが、生憎西から雨雲が近づいています。
 さて小生が松山地方気象台の予報官だった頃は、まだ今のような電子計算機を駆使した予報が確立されていませんでしたので、当たる確率が今ほどではありませんでした。
 雨の降る予測に、長崎県付近にある雨雲の動向を見ていました。例えば長崎市付近の雨雲が東進速度毎時40kmであれば、概ね6時間後に愛媛県でも降り始めるのです。
 そういった距離と東進速度、また雲の動く向きなどを加味して予測を立てていたのです。南予では比較的早く、東予ではやや遅くなる傾向(1~2時間の差)なので予報文の中を少し変化させていました。
 朝7時現在のレーダーで見ますと、山口県から大分県、宮崎県付近には南北に連なる雨雲があり東進していますので、この状態から試算しますと2~3時間後には愛媛県で雨の降りだす模様です。ちなみ<所によって昼前から雨>との予報文がありますので、お出かけには傘をご持参下さい。(桜54)
※雨雲は予想以上に早く東に広がり、宇和島では8時過ぎから小雨が降り始めました

2011年11月22日火曜日

健康管理(72:続ける)

11月22日(火曜日)
 今日は<いい(11)夫婦(22)>の日だそうです。
 さて小生はここ5~6年ほど腰痛に悩まされていますが、ほぼ毎日続けていることがあります。それは毎朝夜の体操と、腰がマアマアの時の散歩です。
 朝夜の体操は、足腰の屈伸運動と腹筋力アップの体操で5分程度のものです。また散歩の方は1時間程度(7000~8000歩)の行程です。
 そういった日程を消化してか、体重や体脂肪また体型が徐々に変化しています。腰痛があった当初からしますと体重で2~3kg、体脂肪で2程度の減少がみられ、また体型の方も腰回りが少し落ちた感じがします。一方で、筋力(腹筋・腕力)はあまり年の割に落ちていません。
 ただ骨の状態が少し変化しているようで、痛みに耐えかねる時があります。
 そういった時には<痛み止め>の薬を飲むことにしているのですが、続けて飲むと薬を飲んでも次第に効かなくなる恐れもあることから、3~5日に1回(痛みが出たら)飲むようにしています。
 だから、薬に頼らず体操を続けている方が身体的には良いのかもしれません。出来る限り自分で努力します。(桜54)

防災を考える(51:緊急地震速報)

11月22日(火曜日)
 今朝(7時現在)の最低気温は4.3度を記録し、この秋一番の冷え込みで霜()の朝を迎えました。
 さて昨日夜義息の携帯に<緊急地震速報>が入り、その後の状態を確認していました。20秒余りして揺れを感じたのです。

 震源地は広島県北部で最大震度は5弱、九州から関西圏にかけ揺れたそうで、愛媛県でも最大震度3を観測し当宇和島では震度1でした。
 通常テレビやラジオで<緊急地震速報>は見たり聞いたりしていましたが、携帯に入るとは知りませんでした。
 外出していれば携帯を持つことが多い世の中です。そのような契約(?)をしておけば、身の安全をいち早くキャッチ出来ますので良いと思います。
 小生も秒数を数えゆっくりとした振動を確認しましたが、突然の大きな揺れであればびっくりしたことでしょう。
 心に余裕があれば少しでも落着きが出来ますので、先を見据えた<緊急地震速報>は良い情報だと思います。(桜54)

2011年11月21日月曜日

仕事遍歴(50:冬型の気圧配置)

11月21日(月曜日)
 昭和60年4月、宇和島測候所から松山地方気象台へ転勤した年は単身赴任でしたので、勤務明けの時にはほとんど宇和島へ帰っていました。約100kmの道を車で帰るのですが、当時は高速道路がなく2時間30分ほどかかっていました。またエアコンの無い車を使っていましたので途中で(エアコンの付いている)中古車に買い替えました。
 一方当時の冬季には、近年より厳しく雪の積もることが多かったので、何時も車にチェーンを積んで走っていました。
 そういった冬季には、何回もタイヤにチェーンを巻いたことでしょうか。
 こういった時には<西高東低の冬型の気圧配置>となって、西日本には強い寒気が入っていたのです。特に高気圧の中心がやや南に下がり(寒気の中心がやや南寄り)、愛媛県南予地方には(宇和島地方にまともに来る)北西風が吹きつける時が最も雪が降り易く、時にはかなり積もることがあったのです。
 宇和島市内では30数センチも積もった事があり、また鬼北地方では1メートルに達したこともあるなど、南国愛媛でもかなりの積雪があったのです。勿論高地の久万地方や宇和高原では度々50~100センチの積雪は例年でしたが、近年では地球温暖化の影響で積雪はあってもかなり少なく、チェーンを巻くことさえ無くなりました。(桜54)

家の管理(83:ご近所付き合い)

11月21日(月曜日)
 今朝はやや冷え込み9度を切りました。その中を資源ごみ回収で4回ほど運びました。
 さて昨夜小生宅裏の方が相談に見えられました。
 小生宅付近は戦前の集合住宅(長屋風住宅)があり未だ多くの方が住んでおられるのですが、近年徐々にご近所の小さな<いざこざ>を耳にします。
 昨夜の相談は、「風呂焚きの煙が家の中まで入って来るので・・・」ということでした。小生宅のベランダにも風向によっては流れて来るのですが、各家庭の事情がありますのでそれほど気にはしていないのです。しかし上の様な事情の場合は「文句は言うべきです」と話しておきました。当事者の家族は付近でも<うるさい>家族の部類なので、文句を言うのを躊躇している人が多いのです。
 風呂焚きは、今ではほとんどマキで沸かす家庭が少なくなってきました。特に都市部ではその数が激減しているのです。
 火の粉が飛んだり、また煙でいぶされたり、さらには異臭がしたりと、周辺住民への影響が多くなっているのです。穏便に事が進めば良いのですがね。(桜54)

2011年11月20日日曜日

補導と指導(58:信号無視)

11月20日(日曜日)
 つい先ほど、散歩から帰る途中の出来事です。
 ご近所の方が居られましたので立ち話をしている最中、歩行者用信号が青に変わったので渡ろうとした瞬間、左から来た黒系の車(女性運転)が歩行者を無視して突っ走ってきたのです。小生たちは足を踏み出した直後でしたのでそれほど<危険>とは感じなかったのですが、明らかに信号無視の<危険行為>だったのです。
 前の車は<黄色>で交差点に入ったのですが、後続車(黒系の車)は赤信号となっていたのです。やはり女性運転の車は<前の車の動向で運転する>と言われる言葉通りでした。
 後1カ月余り(約40日)で今年も終わりですが、年末年始を快適に過ごすためには<心のゆとり>が大切です。気がせく行動は慎んで下さい。(桜54)

宇和島を知る(65:頭内混乱?)

11月20日(日曜日)
 昨夕は高速道路開通時後のイベントに向け、役員さんたちと古い頭を突き合わせました。今月中に<申請書>を出さねばならないのです。
 我々役員は動きの悪い古い頭を持っていますので、あるお方に知恵を借りながら作成に向かいました。しかし説明を受けても理解する力がかなり失せているの気が付きました。、我々の頭ではなかなか前進しない脳みそを持っているのです。小生も頭の中を整理(?)しながら聞いていたのですが整理がつきませんでした。だから申請書を書くどころではないのです。
 帰宅してから書いていただいたメモを見ながら書き始めたのですが、やはり脳内の結線状態が悪いのか纏まりません。
 とそこに別の方から電話がかかってきました。事情を説明し<助け舟>を求めました。
 頭の中では混乱があり、手指はそれにつれて動かなくなり、さらに目までも鋭さが無くなってきました。
 さて今日中には何とかしなくてはなりませんので、一応紙面が合うよう数値計算や内容を吟味します(?)。(桜54)

2011年11月19日土曜日

ゴミ回収(26:自然の力)

11月19日(土曜日)
 昨日から今日日中にかけ比較的まとまった雨が降りましたので、河川はきれいになりました。
 小生宅近くには小さな河川が2本ありますが、そのどちらもが家庭から流れてくる汚水(家庭排水)や風で飛んで来たようなゴミがあちこちに散乱しています。しかし昨日から今日にかけてまとまって雨が降りましたので河川は増水し、溜っていたゴミや汚泥は下流へと押し流されたのです。
 そういったことでしばらくの間はきれいな河川と化すのですが、数日経ちますと何処からともなくゴミがあちこちに散乱し始めるのです。勿論人が投げ捨てるゴミもあるのです。
 でも自然の力はすごいですね。きれいに掃除をしてくれたり、また一か所に集めたり、さらには他所から運んでくるのもあるのです。さらに人間様が捨てなくても、自然の力でゴミを作ることもあるのです。これが自然の摂理かも知れませんね。(桜54)

防災を考える(50:季節はずれ)

11月19日(土曜日)
 今朝早くにはやや強い雨が降っていましたが、今は小康状態となっています。
 さて天気図を見てみますと、西日本から北日本まで深い気圧の谷の中に入って南からの強い風が吹き込んでいます。このため太平洋側を中心にやや強い雨が降り続いているようです。また風も強い地域があり、<強風注意報>の出ている地域もあるようです。
 今日日中から明日にかけ、この深い気圧の谷の通過で各地で雨・風が強まる恐れがあり、四国地方では<明朝までの降水量は多い所で150mmに達する恐れがある>との情報を出しています。また南風の強まりで雷の恐れもあると、季節はずれの雨と風の注意・警戒>を呼び掛けています。
 この深い気圧の谷通過後は、一転して冬型の気圧配置となって気温の急激な低下も考えられますので、健康管理等には十分注意する必要がありそうです。(桜54)

2011年11月18日金曜日

桜つれづれ日記(92:不定期便)

11月18日(金曜日)
 宇和島では朝から雨が降っていますが、九州では所によって激しい雨が降っているとのことでした。
 その雨の中、大阪に居る子供の所へ不定期便の荷物を送りに行きました。
 荷物の中には、畑の管理者で生産されたお米や、昨夜仕入れた吉田町のミカン、購入した玉葱や馬鈴薯などの根菜類、さらに女房殿の便りを入れて送ったのです。
 ちょっと腰の調子が良くないのですが、荷物の上げ下げは小生が行いました。明日には荷物が着くそうなので、子供からの電話連絡があるでしょう。
 今日は天気や腰の不具合で、何もしないまま終わりそうです。では今日はこの辺で!(桜54)

家の管理(82:自前剪定)

11月18日(金曜日)
 今日は朝から雨が降っています。レーダーで見ますと九州から大きな雨雲が接近していますので、終日雨が降ることでしょう。
 さて昨日ようやく我が家の小さな庭に植わっている木々の剪定が終わりました。といっても松と葵だけは残しています。
 松は池の上に枝を出していることと、背が高くなっているので業者任せです。また葵はそれほど切るべき所がありませんのでそのままにしているのです。強いて言えば銀杏(イチョウ)の先端ですが、もう少し葉が黄色くなってからにします。
 剪定した木々の枝から葉だけをもぎ取り、葉を土に埋めて土の肥し(肥料)にしています。またその時土を掘り起こしますので、空気を入れ込み土を柔らかくしたりと根張りを良くする作業もしました。
 そういった年末の作業をようやく終え、冬を迎える準備が完了しました。(桜54)

2011年11月17日木曜日

宇和島を知る(64:牛鬼の頭)

11月17日(木曜日)
 この写真は牛鬼の頭(カシラ)を作る工房です。と言っても大きな工房ではなく、個人が細々と作っておられる所なのです。
 小生の大先輩が自宅で作られておられるのですが、今は祭りの後の頭修理や新たに注文を受けた品々を作っているとのことでした。
 小生も牛鬼の頭を玄関に飾るように訪れ品定めをしました。一頭数万円から十数万円もするのだそうです。全て手作りなので手間と時間がかかり、出来上がりに2~3カ月を要するそうです。
 毛(馬の尻尾の毛)を調達し、一つ一つ埋め込み、頭や角をニスや漆喰で固め、それぞれのパーツを組み合わせ、ヤスリをかけ色を付けて出来上がりだそうですが、長時間を要するため気力と体力が要るそうです。
 ご近所の方も作っておられますので、近いうちに打診してみます。(桜54)

防災を考える(49:昔は…)

11月17日(木曜日)
 この堤防は明倫小学校脇を流れる神田川中央にある河川分離帯です。
 小生が小中学生の頃はこの(石組み堤防)上で遊んだこともありましたが、その後コンクリートの部分(約50cm)ほど嵩上げされています(写真は満潮前のもの)。
 小生が小中学生の頃は満潮でもこの堤防(石組みの部分)は満水面より上にあったと記憶しますが、今ではご覧のように嵩上げされ、石組み堤防は満潮時には完全に水面下となるのです(写真は満潮前)。
 昭和南海地震(昭和21年12月)以後宇和島市周辺では<徐々に地盤沈下を起こしている>との指摘があります。さらに近年起こる(であろう)南海地震では反動で<土地が隆起する>とも言われていますので、地震後には土地の変化がどのようになるか分りません。
 また高知市付近や須崎市付近では地盤沈下、宇和島市付近や室戸市付近では地盤隆起と予測されている様なので、四国内の土地状況が大きく変化するでしょう。
 東北大震災時でも各所で地盤沈下や隆起などが起こりました。そういったことで、四国でもその対策を考える必要があるかも知れませんネ。(桜54)

2011年11月16日水曜日

健康管理(71:「間」がほしい)

11月16日(水曜日)
 今朝のラジオ放送によりますと、大筋では30年ほど前に比べ「児童生徒の体力が落ちている」との話がありましたが、やや持ち直したとの話もありました。
 小生たちが若かりし頃は、児童生徒の体力測定でも良い線を行っていたようですが、近年は食生活、生活習慣、塾通い、一人遊び、遊びの種類や場所等多くの制約があって<体力>が落ちているとのことでした。
 体力を向上さすためには3つの「」がほしいそうです。すなわち<空間>、<時間>、<仲間>だそうです。
 <空間>とは遊ぶ場所を示し、<時間>とは遊ぶ時間(ゆとり)を示し、<仲間>とは一緒に行動する友達を示すそうです。
 昔は道路で遊んだり山や川で遊んだりとかなり広範囲で行動が出来たのですが、今では公園や施設のある場所でしか遊べません。
 また学校から帰っても鞄をほっくり投げて仲間と遊んだりしたものですが、今では塾通いやテレビにかじりついたりと外の空気を吸う時間が無いようです。
 さらに仲間に至っては一人で遊ぶゲームやパソコンにふけり、野山を駆けずり回るような団体行動は一切しないようです。
 そういった制約によって筋力低下や忍耐力の低下などが起こり、<体力低下>が表面化しているとのことでした。(桜54)

学習してみよう(28:上空の湿り)

11月16日(水曜日)
  今朝は良く晴れ渡り気温もぐっと下がって6.3度を記録しました。勿論、この秋一番の寒さとなったのです。
 さて上空を見上げますとご覧の様に飛行機雲が出ていました。朝日に映えとてもきれいに見えたのです。
 上の写真は2本の飛行機雲ですが、風が弱いのか真っ直ぐに伸びた太い雲となっていたのです。
 また下の写真は今まさに飛行機が飛んでいて、その後ろに出来た飛行機雲が所々で太くなったり消えかかったりする姿が見えました。
 この二つの写真から、上空には湿った空気が入っている様子が伺え、天気は徐々に下り坂を示しています。
 昨日夕方同じように上空を見ていますと、西から飛んでくる飛行機の後ろにはほとんど飛行機雲が見えなかった(発生しなかった)のです。ということは、昨日の段階ではまだ上空での湿りがかなり少なかったことを示しています。
 天気予報を見てみますと、明日は未だ<晴れ>の予報ですが、明後日は<曇り一時雨>との予報となっていますので、天気は徐々に下り坂に向かう予想なのです。

 飛行機雲の出来方で天気の予想が概ね判りますので、皆さんも時には空を見上げて様子を探られては如何ですか?(桜54)

2011年11月15日火曜日

桜つれづれ日記(91:見上げないと!)

11月15日(火曜日)
 近年このような背の高い大きな花を見かけるようになりました。
 この花の名前は<皇帝ダリア>というのだそうです。
 花芽の高さは4mにも達するそうなので、咲くとご覧のようにきれいな花なのですが見上げないと見えないのです。
 小生宅近くの畑にもあちこち植わっていて、11月に入ってから咲き始めたそうです。ただ花の咲く高さがかなり高いため、見ようによっては花の美しさが伝わってこない様です。匂いをかいだり花びらを観賞したりと、低い花であれば十分楽しめるのですが・・・(写真の場所は明倫公民館の傍で、高さ約2mありました)。
 ご近所の方も数年前からこの花を植えているそうで、近年は花見の客も時々あるそうです。色がかなりきれいなので、写真に撮っても見栄えが良いですね。(桜54)

桜開花観測(60:プチ会談)

11月15日(火曜日)
 昨日自治会関係や防災関係などで行政に赴きました。
 自治会関係では校区割りの件、防災関係では会議の日程の件、また文化関係では資料展示についての件だったのですが、いずれも進展した話までには至りませんでした。
 ところで年末近しとなったことから、来年早々の<桜開花観測>に係るプチ会談を関係者と行いました。
 まだ正式なものではありませんでしたので、雑談的に行ったのです。今までは主導的に行っていただいたのですが、次年度は新たな事業も入って少々窮屈な活動となりそうです。
 でも<日本一の桜開花>に向け、小生達桜観測員は間もなく活動を開始しなければならないのです。
 桜はもう休眠状態に入っていますが、来年2月中旬頃までは月1回程度の観測を実施するつもりです。(桜54)

2011年11月14日月曜日

防災を考える(48:校区区割り)

11月14日(月曜日)
 今年もそろそろ、<津波高標示板>の来年度設置に向け動き始めました。
 昨年経験した件で、行政に行って校区区割り表示の有無について調査しましたら、町名での区割りはあるものの<地図上の区割りはない>とのことでした。
 しかしこの津波高標示板の設置は、電柱等の建立(設置)場所が必要な事から詳細な地図が必要となっているのです。
 小生たちが小中学生だった頃に比べ、端々の町内はあっちの校区こっちの校区と別れ、今ではかなり違った区割りになっているのです。昨年度調査しました町内では、同一町名でも2丁目と3丁目では校区が違ったり、大きな通りではなく小さな通りで区割りされたりと理解しがたい点があったのです。
 「今月一杯に調査して下さい」と行政に釘を刺して帰りました。(桜54)

ゴミ回収(25:不法投棄)

11月14日(月曜日)
 最近各所で不法投棄の状況を目にします。
 近くの集会所脇が、小生地区の<不燃物>、<びん・缶>、<ペットボトル>などの集積所なのですが、1週間経ってもそのままの状態の時が度々あります。
 先週末、つまり11月5日頃投棄された品物が現在でも残っているのです。その品物は発泡スチロールですが、<可燃物>として処理が出来るものなのです。犯人(投棄者)はその詳細を知らず(または無視して)投棄したものと思われます。
 ご近所の方はこの上ない迷惑です。周辺の自治会では問題にしないのでしょうか?まだ異臭が出るものではありませんが、見栄えが良くないのです。
 一方各所で<犬の糞>を見かけることが多くなりました。
 昨日も散歩の途中でその状態を見かけたのですが、商店街でこそ見かけなかったものの、住宅街や花壇の側、川添いの道など至る所にあります。通行人が踏みつけたもの、車が押しつけたもの、またそのままの形のものなど様々です。
 このような不法なゴミ処理の仕方は、投棄者の<モラル不足>です。(桜54)

2011年11月13日日曜日

宇和島を知る(63:産業祭り)

11月13日(日曜日)
 今日は宇和島市の産業祭りでした。
  我が<うわじま虹色ツーリズム>からも商店街に出店しました。もう閉店間近だったのですが、ご覧の通り多くの人出がありかなり活気付いていました。
 所によっては通行すら出来なかった所もあったのです。

 虹色ツーリズムの出店は、木工細工から食品まで幅広くあり、通行する人が立ち止まっては品定めをしていました。
 さて小生は、今日は静かに家の守りをする予定だったのですが、午後から天気が回復して晴れてきましたので「ちょっと散歩に」と思って出かけたのです。
 商店街までは歩いて20分余り、商店街を北に向かって下り恵比須町まで。その途中では多くの方が大なり小なりの袋を提げて帰宅を急いでおられました。
 小生の子供や孫たちともばったりと出会い大きな袋を提げていました。餅拾いや菓子拾いに夢中だったそうです。
 愛媛、特に宇和島の人は<餅まき>とチラシに書きますと、遠くからでもすぐ集まりますので集客には<最良の言葉>だそうです。(桜54)

畑の管理(32:作るより頂き?)

11月13日(日曜日)
 今年も腰痛のため畑の耕作はほとんど出来ませんでしたが、数回の草刈りだけは実施しました。そのため畑から収穫したのは<芋>のみでした。
 今年は頂き物が比較的多く、美味しく頂いています。
 栗、柿、蜜柑等の果物系、また芋、大根、胡瓜、ゴーヤ、茄子やキャベツ等の野菜系など、いろいろの果物や野菜を頂きましたので美味しく食することが出来たのです。
 一昨年までは何とか数種類の野菜を作っていたのですが、腰痛の関係で年々<行く気力>が失せているのです。
 来年はぜひ腰痛を安定させ、畑の耕作に再度挑戦しなければならないでしょう。<基>になる種やツル物は町で購入できますが、今まで保持していました山芋や落花生等の種(芋)は新たに仕入れなければなりません。
 それにしても、気力・体力が必要ですね。(桜54)

2011年11月12日土曜日

健康管理(70:新しいルート)


11月12日(土曜日)

 今日はちょっと腰の調子が悪かったのですが、思い切って散歩に出かけました。丁度天気も回復して晴れ間ものぞいてきたからです。散歩の途中でいろいろな事象に遭遇しました。
 まず10分ほど歩いた学校近くの国道沿いでは、玉突き事故が発生していました。事故処理の最中でしたが4台の車の前後がつぶれていたのです。幼稚園の迎えの車だった様で、3台は女性の運転者でした。

 その事故を横目に神田川を下流へと歩き、新板島橋を渡り坂下津へ。初めて坂下津から峠を越え小福浦へ行きました(九島が目前に)。この道は最近ではほとんど通ることがなく忘れていましたが、上の写真のように護岸壁が出来ていました。
 その場所から鬼が城を見た景色です。後ろ中央の山が<鬼が城>、その右が<権現山>、左側が<毛山>です。手前の山の中腹には高速道路が通っています。また頂上には水タンクが設置してありました(小生宅から真西に1.5kmほどの場所です)。



 さて小福浦から再び峠を越え三島神社まで来ますと、写真(目線)のように川筋が見えなかったのです。そう!ここも天井川なのです。川の土手からこの場所(川から15m余り)の高低差はおよそ1.5mほどありそうです。

 今日は散歩の途中でいろいろな事に出くわし、また新しいルートを通りましたので新鮮な感じで歩くことが出来ました。帰宅寸前に、額にはうっすらと気持ちの良い汗をかきました。(桜54)

仕事遍歴(49:名刺)

11月12日(土曜日)

 仕事柄名刺を持つことになったのですが、最初のうちはその使用が限られていました。つまり人との交流が余りありませんでしたので、年間使用数が数枚程度しかなかったのです。
 昭和60年、松山転勤と同時に新しい名刺を作りました。 
 役職名が変わった事と他の人との交流が多くなったことで、新しい名刺を作ることになったのです。
その名刺の肩書きに初めて<予報官>という文字が入りました。でも再び転勤が2年後でしたので余った名刺は引き出しの隅に<さようなら>でした。
 以後数年おきに役職名が変わりましたので、在任期間中は全ての名刺を使い切る事はありませんでした。
 中間管理職になってもその状況は変わりはありませんでしたが、ただ高知地台へ赴任する際ある上司から、「高知に行くと枚数が倍増するよ!」と言われました。正にその通り、最初の2カ月の間に200枚はあっという間に無くなってしまったのです。
 退職後はあまり使うことはないと思っていたのですが、ボランティア活動をするためにはやはり必要となったのです。それぞれに使用しますので、写真(現在使用の名刺)のように肩書きを入れています。
 近年は自前で作成が可能なので、桜標本木の写真を入れ、地肌をピンク系に変え、文字を変化させたりと工夫をして使用しています。でもちょっと派手かな?(桜54)

2011年11月11日金曜日

学習してみよう(27:時々と一時)

11月11日(金曜日)
 <天気予報>はほとんどの方が(テレビや新聞で)見たり(ラジオで)聞いたりされていると思いますが、予報の表現はお分かりですか?
 標記に示しました<時々>と<一時>の違いは、さてどれくらいの方が理解されているでしょうか?
 <一時>とは、予報期間の四分の一未満を言い、<時々>とは、予報期間の四分の一以上、二分の一未満を言います。
 例えば、予報対象期間が12時間の場合の<一時>とは、12÷4=3で3時間未満の事を言いますし、<時々>とは、12÷4=3~12÷2=6、つまり3時間以上6時間未満の事を言うのです。もちろん雨の量とは関係ありませんし、雨の降る確率とも関係ないのです。
 また天気予報はある一定の広い地域に出されますので、場所によっては<一時>の場合もありますし<時々>の場合もあるのです。(桜54)

補導と指導(57:年末に向けて)

11月11日(金曜日)
 今日は<ごろ合わせ>の日ですね!
 さて昨夜、宇和島交通安全協会の理事会があり出席しました。
 最初に宇和島警察署長から、「宇和島市では昨年9月20日から昨日まで、死亡事故<0>の日が415日間も続いている」ことを報告され、地域住民や車を運転される方の意識向上がこの数値に繋がっているとの見解を示される一方で、県内での高齢者が事故に遭われるケースや事故を起こすケース等を示されました。
 これから年末年始にかけ交通関係でいろいろな行事が予定されていて、小生たちの出番が増えそうです。また年末(12月21日~31日間)は交通安全運動期間となっていることから、各方面で忙しくなることでしょう。
 明倫支部の行事として、門松作り、臨時総会、交通茶屋、交通祈願祭と続きます。
 健康に留意しながら年越しをしたいですね。(桜54)

2011年11月10日木曜日

日本の苗字(21:コ-ナ行)

11月10日(木曜日)
 この行の苗字は14姓を確認していますが、先頭の漢字数が意外と多くありました。
 <小>という漢字が最も多く6姓を数えましたが、以下には<此>が3姓の他は全て1姓でした(<児>、<古>、<湖>、<近>、<五>)。
 <コニシ>と発する苗字には、<古西>、<湖西>、<小西>の3姓がありました。
 また珍しい苗字には、<児仁井>、<近衛>、<五ノ坪>の姓があり、それぞれ<コニイ>、<コノエ>、<ゴノツボ>と読むようです。
 最近テレビを見ている時、難読の姓には必ず振り仮名を振っているようです。その時直ぐ紙に書き写し、小生の<日本の苗字>の一員として加えています。
 少しでも確認出来た苗字が増えて行くのは楽しみですネ。(桜54)

桜つれづれ日記(90:一字違い)

11月10日(木曜日)
 昨日仙台様のブログを読んでいると、小生が書いたブログの件が掲載されていました。その文書を読んでいるうち、小生のブログの内容が標題と大きく違っているのに気が付きました。違っている文字はたった一字なのですが、その一字違いで意味が違ってきたのです。
 小生は<立冬>と書いたつもりなのですが、<冬至>と書いてしまったので意味が全く異なったのです。よって、以下に続く文章と暦との間に違和感が生じたのです。
 立冬は秋季(11月)の暦上にあり、<これから冬に向かってまっしぐら>と季節の節目を表す言葉ですが、冬至は冬季(12月)に、<昼間の時間が最も短い日>とされる日なのです。
 たった一字違いで意味が大きく違ってきますので、先日のブログは大失態のものでした。  一応ブログは修正しましたので、今後ともよろしくお願いします。(桜54)

2011年11月9日水曜日

補導と指導(56:攻撃的な運転?)

11月9日(水曜日)
 今日は<119番の日>だそうです。
 さて午後から近くのスーパーに歩いて買物に行きましたが、その行き帰りの出来事です。
 近くの国道に出るためには押しボタン式の信号機があるのですが、その三差路交差点で止まっている車がウィンカーを出している割合は約半数でした。その他の車は動き出してからか交差点に入ってから出しました。何のためのウィンカーでしょうか?勿論他の車等に知らせるためのものなのですが・・・。
 帰る途中別の交差点での出来事です。その交差点は信号機がありませんが、一方の道には<止まれ>の標識があるのです。しかし若い女性の車は止まるどころか、小生が歩いているにもかかわらずその直前を堂々とスピードを出して通ったので、「危ない!」と怒鳴りつけました。
 小生宅付近の道は大型車がやっと通れる道なのですが、通行人に構わずその脇をスピードを落とさず通り抜ける車が多いのです。
 最初の事例は男女とも、後者はいずれも若い女性でした。
 交通法規は受験のものではありません。運転免許を持って順守しなければならない事項なのです。「人は右 車は左」のような用語すら忘れている人がいるのではないでしょうか。大人も子供も自己中心が多いようです。(桜54)