2015年1月17日土曜日

防災を考える(2:文字と記憶をたどる)

1月17日(土曜日)
 20年前の今日<阪神淡路大震災>が発生しましたので、当時の日記を紐解いてみました。
 冒頭には、<今朝5時46分頃、兵庫県南部淡路島北部でM=7.2、神戸や洲本で震度Ⅵ(テレビ速報でⅦ)の直下型地震が発生した。床の中に居たがP~Sの時間が長くしかも大きかったので、この近くではないにしても大きな地震であろうと思いTVを付けた途端、神戸付近で大地震があったという。これは津波でも出たら大変と思い急いで支度をして出勤する。以下略・・・・>と。
 当時小生は潮岬測候所の技術課長でした。
 直ぐ深夜勤務の観測員や出勤した職員に指示を出しましたが、朝6時の観測と重なり津波関係の情報も出さねばならず大変でした。
 また当時大阪に出張していた職員からも連絡が入り、<大阪管区内が大変なので、しばらくお手伝いをして帰りますから・・・>との事でした。また管区への協力は、十分して帰る様お願いしておきました。その後は、直ぐ所長に連絡や関係者に指示を出し、本庁や管区との対応また外部との対応等に時間を割きました。
 当時の日記には、いろいろと記載していますが自分自身の行動は前述した数行に過ぎませんでした。
 ただ末尾には、<今日一日中、電報受信関係で仕事は全く出来なかった>と書いてありました。
 あれから20年、月日の経つのは早いと言いますが<本当に早い>というのが実感です。
 皆さんの心の中に残っている記憶を消し去ることなく、次の災害に備えては如何ですか?(桜54)

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